行列ができる人気店『大黒家天麩羅』の歴史は明治20年(1887)、そば屋から始まった
『大黒家天麩羅』の創業は1887年。初代の丸山弘方氏は伊勢生まれ。京都の公家侍であったが、維新で東京へ移った。その後、そば屋の娘と結婚。新たな人生のスタートをきった。
創業当初はそばがメインだったが、忙しいわりには実入りが少ない。ところが、天ぷらが出る日は売り上げが好調だったことから、天ぷら屋に転身。現在は、エビやキスなどの魚介を使った天ぷらを主軸に、天丼や天ぷら定食などの人気メニューを提供している。
昔ながらの民家を思わせる情緒あるたたずまい
外観は古民家風だが、一歩店内に入ると、そこは明治レトロ、大正ロマン、昭和モダンが混在するノスタルジックな空間。明治時代、東京駅一等待合室の床に使われていたものと同じタイルを敷き詰めた入り口付近のスペースは、歴史情緒が凝縮されている。
常連客から「おばあちゃんの家のよう」と親しまれる狭い階段を抜けると、そこは座敷。奥の床の間には大黒天が鎮座し、訪れる人々を笑顔で見守っている。
「『大黒家』とは、七福神の一柱であります大黒様にちなんでいます。屋根の屋を使った『大黒屋』も多いですが、うちは大黒様のおうち(家)なんです。大変縁起が良い店なんですよ」。
そう語るのは、5代目店主の丸山力三さん。「大黒様のいる座敷は人気のスペースで、坐像にお賽銭を置いていかれるお客様もいらっしゃるんですよ」。と笑顔で付け加えた。
人気の秘密は、門外不出のレシピで作る秘伝のつゆにあり
店のこだわりは、手作りの味にある。天ぷらのつゆはもちろん、味噌も甘酢もすべてが自家製。料理のお供の日本酒も、瓶入りと樽入りを独自にブレンドすることで、天ぷらの味を際立たせるほのかな樽香を引き出している。
特筆すべきは、天丼のつゆだ。代々伝わる甘辛く濃厚なつゆは、店主だけが作ることを許された秘伝のつゆ。丸山さんの頭にインプットされたレシピは門外不出で、調合時は必ず人払いをする必要があるという。
甘辛く濃厚な海老天丼は食べごたえ満点!
こだわりの老舗『大黒家天麩羅』。こちらの看板メニューの海老天丼は、最高級のごま油のみを使い、カラッと揚げた海老天を秘伝のつゆにくぐらせ、炊き立てのコシヒカリの上に盛り付ける。フタをしてから少し蒸らしていただくそのお味は、濃厚にして旨味たっぷり。甘辛いつゆが染みたごはんも飽きるどころかどんどん進む。とにかく匂いがたまらない。初めて食べるのに、懐かしさを感じさせる味だ。
カラッと揚がった尻尾までぺろりとたいらげ、お土産にもう一人前持ち帰った。一日に二度食べても飽きない海老天丼なんてはじめてだ。
おいしい天ぷらと思い出を提供する店であり続けたい
幼いころ、夜遅くに秘伝のつゆを作る父親の背中を、眠気まなこをこすりながら見てきたという丸山さん。父に代わって調理場に立つ自分の背中に、子どもたちは何を思うのだろうか。
「いつ来てもここは変わらないね、変わらない味にホッとする、そう言ってもらえるとうれしい。だから、変わらない良さを追求する努力は惜しまない」。
『大黒家天麩羅』が売るのは天丼や天ぷらだが、「思い出を提供する店であり続けたい」と丸山さんは言う。ライフスタイルが多様化する現在、何を、どこで、誰と食べるかという選択が重要になってきた。厳選の末であれ無意識であれ、店を訪れればそこで思い出が生まれる。
「その時食べた天丼の味が思い出に残ってくれたら」。
丸山さんの信条にグッときた。
構成=フリート 取材・文・撮影=村岡真理子