シャレてはいるけど肩肘を張らずに時を過ごせる。畑の中にぽつねんと立つ白いレストラン
飯能駅の駅前通りにあった17年間慣れ親しんだ雑居ビルの2階から、田畑の緑もさわやかな郊外の一角へと移ったのが2007年のこと。いまも昔も、夫婦二人で切り盛りする大衆イタリアンレストラン。
移転に際しては、「のどかな所で、少しでものんびりと商いができたら」なんて期待もあったというが、この道40年以上になる森 富美之さんが作る確かな料理と、妻・佐智枝さんの愛嬌たっぷりの笑顔を求めて、けっして狭くはない店内は日々大賑わい。移転当初の目論見は、良くも悪くも裏切られ続けている。
店がある下加治という地区は、飯能市内でも古くから米や野菜の栽培が盛んな土地柄。実際に店があるのは代々農業も営んでいる森家の畑の中だ。店名『ラ・ノーラ』の「ノーラ」も、実は野良仕事の「のら」が由来なのだとか。白を基調とした店内も、また提供される料理も実に洗練されているが、名は体を表すのとおり、家庭的で肩肘張らずにくつろげる「畑の中のレストラン」といえる。
ふわとろだけがウリじゃない! 卵本来の旨味を存分に味わってもらうための工夫が凝らされたオムライスの味
「ランチセット」には、サラダとドリンクが付いてくる。このサラダをアイスクリームに変更することもできるのだが、よほどの野菜嫌いでないのなら、素直にサラダを食べてほしい。地元農家から仕入れた野菜を中心に、日によっては森家の畑育ちの採れたてホヤホヤが加わる。言うなれば、飯能の大地と四季の恵みがギュッとつまっているのだ。
ランチに訪れる大半の客のお目当ては、オムライス ラノーラ風ランチ1370円。30年ほど前に富美之さんが試行錯誤の末にたどり着いた一皿だ。「近頃じゃ、うちみたいなふわとろ系のオムライスを出す店の方が多いくらいでしょ。でも、当時はとっても珍しがられたんですよ」と語るが、いまでもランチで一番人気を誇っているというのだから、ただ食感のみをウリにしているわけではないことは想像に難くない。
まず、あくまでも卵はそのものの味で食べてもらうのがラノーラ風。だから卵自体には一切味付けをしない。ケチャップライスをちょっと濃いめにすることで、卵の味を引き立たせる。そのケチャップライスと卵との間には、「ドイツのモッツァレラ」の異名を持つステッペンチーズ。卵にさらなるトロみと風味を加えるアクセントだ。
当然、使う卵にもこだわっている。特別に飼育された鶏が生む卵で、本来ならプリン用として生み出された卵なのだ。重厚なデミグラスソースにも埋没することなく主張する濃厚な味わい。ため息とともにこぼれるのは、「ああ、卵ってこんなにもおいしかったんだ」という素直な感動。そしてまたこの感動が味わいたくて、再び店を訪れてしまうのだろう。
手作りなのは料理のみにあらず。建物も内装も食材の一部も夫妻の手で
畑の緑にさりげなく映える白一色の建物。シンプルだけれど、それとないシャレっ気が見え隠れする店内。どこかダンディだけれど飾らない富美之さんの人となりがにじみ出ているなと思っていたら、実はその建物も内装も、大部分は本人の手によるものだというのだから驚きだ。
「兼業農家だった親父のもう一つの生業が大工。その血を引いてか引かずか、根っから何かをいじって、自分なりの何かを作り出していなくちゃ気がすまない性分なんですよ」。
店を囲む庭にはミントやルッコラ、フェンネルといったハーブが茂り、忙しい仕事の合間をぬって、手入れをする夫妻の姿を目にすることも。言わずもがな、それらのハーブは店で提供される料理に彩りと香味を与える。
料理だけでなく大工仕事や畑仕事、そして二人の人柄も一体となって『ラ・ノーラ』が成り立ち、訪れる人をひきつけているのだろう。夫婦二人、のんびりと過ごせる日はまだまだ遠いようだ。
構成=フリート 取材・⽂・撮影=木村雄大