日本の版画における“日本らしさ”とはなにか

《無垢浄光大陀羅尼経》 奈良時代(767-769頃)[前期]。
《無垢浄光大陀羅尼経》 奈良時代(767-769頃)[前期]。

日本人が「伝統」、そして「芸術」として考える版画はどのように生まれ、どこへ向かうのか。

展示担当の宮崎さんは「“日本らしさ”とは、何を指すのでしょうか。例えば日本版画の代名詞ともいわれる浮世絵は、じつのところ中国や西洋の影響を多分に受けつつ、百花繚乱の世界を咲かせました。本展では当館収蔵品より、日本現存最古の印刷物である《無垢浄光大陀羅尼経》をはじめ、仏教版画、絵手本や画譜、浮世絵、創作版画、新版画、戦後版画、現代版画の約240点を展示。あらためて“日本らしさ”を考え直すことを試みます」と見どころを語る。

《十二天像(与田寺版)のうち梵天》 室町時代 木版手彩色[後期]。
《十二天像(与田寺版)のうち梵天》 室町時代 木版手彩色[後期]。

奈良時代から始まる日本の版画1200年の歴史

川瀬巴水《霧之朝(四谷見附)》1932年 木版。
川瀬巴水《霧之朝(四谷見附)》1932年 木版。

第1章では「版と祈り―日本版画のあけぼの」と題し、奈良時代、天平宝字8年(764)に称徳天皇が諸寺に《百万塔》を安置、その内部に納められた現存日本最古の印刷物とされる《無垢浄光大陀羅尼経》が展示。平安時代には木版画の制作が活発になり、主として仏像内部に納められるために印仏や摺仏が制作、南北朝時代には仏教版画が礼拝の対象として祀られるようになる変遷が紹介される。

16世紀からはイエズス会士がキリスト教布教のために中国へ渡り、西洋の文物を伝えた。《康熙帝御製耕織図》では西洋画から学んだ透視図法が用いられる一方、《蘇州景 新造萬年橋》には西洋画を消化した、独自の遠近表現が見られる。

また画譜出版文化が隆盛を迎えた中国の影響を受け、日本でも舶来の画譜を基にした独自の版本が次々に制作された。第2章ではそうした狩野派や南蘋(なんぴん)派の画譜が展示される。

《円窓の二美人》清時代(18世紀頃) 木版手彩色[後期]。
《円窓の二美人》清時代(18世紀頃) 木版手彩色[後期]。
王概(編)『芥子園画伝』(和刻) 宝暦3年(1753)木版多色摺。
王概(編)『芥子園画伝』(和刻) 宝暦3年(1753)木版多色摺。

舶来文化の影響を受けて変化する浮世絵や近代日本版画

歌川広重「東海道五拾三次之内 箱根 湖水図」天保4-5年(1833-34)頃 横大判錦絵[前期]。
歌川広重「東海道五拾三次之内 箱根 湖水図」天保4-5年(1833-34)頃 横大判錦絵[前期]。

第3章では、舶来文化の影響を受け、千変万化の様相を呈した浮世絵に迫るとともに、明治30年代には「自画・自刻・自摺」を理想としてかかげて登場した「創作版画」にも着目する。

第4章では創作版画家の中でも特に浮世絵の伝統を重んじて制作した戸張孤雁や織田一磨らを取り上げ、その一方で渡邊庄三郎によって創始された大正期初めの浮世絵版画の出版体制を継承する「新版画」にも注目する。

小早川清《近代時世粧 瞳》1930年 木版。
小早川清《近代時世粧 瞳》1930年 木版。

さらに第5~7章では、日本と中国の関係性により深化した「新興版画」や、1945年の敗戦後に海外との交流をきっかけに生み出された新たな版画を展示し、各時代の潮流を紹介。1956年にヴェネツィアビエンナーレで受賞した棟方志功によって「版画の国」として国内外に存在感を示すようになった近代まで、その変遷が網羅されている。

文化交流を経て、姿を変えながら魅力を放ってきた日本の版画の姿が浮かび上がる。

棟方志功《二菩薩釈迦十大弟子 富樓那の柵》1939年 木版[前期]。
棟方志功《二菩薩釈迦十大弟子 富樓那の柵》1939年 木版[前期]。

開催概要

「日本の版画1200年―受け止め、交わり、生まれ出る」

開催期間:2025年3月20日(木・祝)~6月15日(日)
開催時間:10:00~17:00(土・日・祝は~17:30。入館は閉館30分前まで)
休館日:月(5月5日を除く)・5月7日(水)
会場:町田市立国際版画美術館(東京都町田市原町田4-28-1)
アクセス:JR横浜線・小田急電鉄小田原線町田駅から徒歩15分
入場料:一般800円、高校生・大学生400円、中学生以下無料
※障害者手帳などお持ちの方と付き添い人1名は半額。
※開館記念日4月19日(土)は入場無料。
※会期中の第4水曜シルバーデー(3月26日・4月23日・5月28日)は65歳以上の方無料。

【問い合わせ先】
町田市立国際版画美術館☏042-726-2771
公式HP https://hanga-museum.jp/

 

取材・文=前田真紀 画像提供=町田市立国際版画美術館