酒に寄り添い高め合う、誠実な創作和食『旬膳燗 はせ川』【荒川遊園地前・尾久】
目の前を都電荒川線が走る、エアポケットな地帯にありながら、噂を聞きつけた燗酒好きが集まってくる。そのお目当ては、こだわりの食材から作り出される料理だ。
店主の長谷川翔さんは、最初に働いた居酒屋で燗酒にほれ込み、以来燗酒の引き立て役としての料理に向き合ってきた。例えばグリンピースのお椀は、名店で重宝されているという鳴門の漁師の村さんから直送されるマダイが主役。力強い旨味と丁寧に引かれた昆布出汁の風味が際立ち、居酒屋の一品とは思えないレベルだ。イノシシのしょうが焼きに使う高知県・ラッキー農園の「限界突破ショウガ」は、すがすがしい辛さが衝撃的。こうしたガツンと主張する味わいにも燗酒は深みを添え、やさしく包んでくれるのが素晴らしい。これをはじめ、牛山ベーコン、鳴門金時はマダイの村さんからの紹介だとか。腕を認められた料理人には極上の食材が集まり、さらに進化を遂げていくのだ。
【店主の愛する1本】秋鹿 へのへのもへじ <大阪>
火入れバージョンの無濾過原酒。開店前に蔵元を訪ね、自営田を見せてもらったという思い入れのある1本。生酛らしい旨味の中に独特の酸味が秀逸に溶け込む。
『旬膳燗 はせ川』店舗詳細
ほとばしる燗酒愛で、訪れる人の心をつかむ『燗酒と小料理 はるじおん』【五反田】
看板はなく、店のロゴの小さなシールが目印。入り口までは隠れ家感たっぷりだけど、店内は明るくカジュアルな雰囲気でほっとする。店主の稲原春香さんも気さくに迎えてくれて、じわじわ心がゆるんでいく。人生で初めて飲んだ日本酒が燗酒だったという春香さん。そのおいしさに感動して目覚めたという根っからの燗酒好きだ。すすめてくれるお酒の説明にも愛があふれ、全部飲んでみたくなって困るほど。
合わせる料理は、季節の野菜を用いたものから、餃子やグラタン、おでん、鮒寿司、締めのラーメンまでしばりがなくて自由!
また、燗酒界の知り合いが多いだけでなく、自ら酛摺(もとす)りの手伝いに行くなど蔵とのつながりも強い。西麻布にある燗酒の名店や燗酒に特化した渋谷「純米酒 三品」で働いていた経歴もさながら、春香さんの人柄のなせる技に違いない。ここに来たら、燗酒の楽しさに引き込まれて抜け出せなくなるかも!
【店主の愛する1本】梅津の生酛<鳥取>
2025年1月には醸造元の『梅津酒造』に酛摺りを手伝いに行ったという1本。出汁を思わせる旨味があり料理にも合う。唯一無二の沁み入るおいしさがお気に入り。
『燗酒と小料理 はるじおん』店舗詳細
酒肴の概念を超えたセンス抜群のアテに驚愕『カンザケとアテ 豆燗』【神楽坂】
ゆっくりと静かに燗酒を楽しめる、ほの暗いシックな空間。ここでは、まずお通しの代わりとして、アテを盛り合わせた「押しつけ酒肴」からスタートする。内容は日替わりだが、かつお出汁で調味したオリーブの酒盗和え、丹波黒豆の黒糖焼酎漬けなど、ひとひねりされた味付けに酒飲み心がくすぐられる。アーモンドの香ばしさと白味噌の甘じょっぱさをプラスした燻製あんこも面白い!
お酒のほぼ8割を占めるのが、山廃、生酛、低精米で造られたもの。「個性の強い味に合わせて甘みや酸味を足していたら、不思議感のあるアテになっちゃうんです」と、笑う店主の一丸憲子さん。スパイスや発酵食材の使い方も巧妙で、燗酒で味がやわらぎ、立ち上がる香りもスーッとなじむのだ。「ワインも飲みたくなるって言われます」と聞いて強く同感。工夫を凝らしたアテとの相乗で、燗が持つポテンシャルの高さを気づかせてくれる。
【店主の愛する1本】コイクマ<福島>
ワインに合うと言われるアテと相性抜群。 低精米の生酛無濾過火入れ原酒で、ジュ ーシーな酸がたまらない。蔵人夫妻は現在、福井県「飛鳥井」の丹生酒造で製造中。
『カンザケとアテ 豆燗』店舗詳細
「とりあえず燗酒」を目指す酒&食事どころ『和ごはん一献 丸屋』【東中野】
ビールを注文しても、お通しとともに必ず供される、盃(さかずき)一杯の燗酒。「お燗の酒っておいしいんですよって伝えたくて、とりあえず強制的に飲んでいただいてます」と、若大将の若林洋輔さんが楽しげに語り始める。
そば屋の息子として料理の道を志し、金沢の料亭で修業後、父・奎輔(けいすけ)さんからバトンを受け取った。当初は日本酒に力を注いでいなかったが、常連でのちに妻・女将となる妃佐子(ひさこ)さんが、唎酒師(ききさけし)だったという運命が待っていた。一緒に酒蔵を訪ね、蔵人たちと酒を飲み交わすうちに、燗酒に魅了されていった。親しい蔵人や蔵元の酒を深掘りして揃え、そのすべてが燗推奨。特に、毎シーズン酒造りを手伝っている神奈川・川西屋酒造店の「丹澤山」は、原酒から山廃純米、純米吟醸など8銘柄をラインアップする。冒頭の盃でまんまと洋輔さんの作戦にやられた輩(やから)は数知れず。ビールを飛ばして燗酒からの人、増加中。
【店主の愛する1本】丹澤山 麗峰<神奈川>
「70℃の熱々でキレを出し、温度をゆっくり下げながらじわじわ本領を発揮する」 燗冷ましの名酒。歴代の「麗峰」を蓄え、 年代ごとの「麗峰」を飲む会も企画する。
『和ごはん一献 丸屋』店舗詳細
すべてを委ねて、燗酒に浸る幸せ『燗酒 ひねもす』【三鷹】
江戸文化が好きな店主・雨宮謙二さんの料理と、妻・明日香さんがつける燗酒を、浮世を忘れて楽しむ。
「主人が作るのは和食寄りのきれいな品々。だから、マリアージュというより、寄り添う感覚でつけます」
現在は、旬の味覚が盛り込まれたおまかせコース「本日のお決まり」の注文が必須。のたりのたりと過ごすには、酒も委ねてしまおう。飲む量を伝えたら、湯気の向こうの手元や外の中央線を眺めたり、流れる落語に耳を澄ませたりして待てばいい。明日香さんは、大学時代に始めた居酒屋アルバイトを機に飲食の世界へ。最初に入社した銀座の和食店で「燗酒はかっこいい大人の飲み物」と好きになり、吉祥寺『にほん酒や』のお燗番も勤め腕を磨いた。「複雑な発酵を経た日本酒は、多様性があって自由。毎日接していても分からないことがあるのが、いい」。燗をつけながらそう話し、今日も盃を手に、すっとおいしそうに味見する。
【女将の愛する1本】奥能登の白菊<石川>
地震で被災して通常の仕込みができずとも造り続けていることに敬意を抱く。唯 一無二の上品な甘さは、温めるとやわらかな輪郭が生まれ「おいしくて愛おしい」。
『燗酒 ひねもす』店舗詳細
燗酒と料理人が互いを刺激する素敵な関係『酒・肴 赤津庄兵衛』【荻窪】
「初めは弱火、途中で強火、仕上げに蒸らしますが、単なる工程にならないように、お米を炊き上げるイメージを大切にしています」。店主の赤津敬佳さんは、銘柄ごとに燗をつける温度と時間を試行錯誤し、レシピを作りスタッフと共有する。例えば、冬の発酵料理「かぶら寿司」に合わせて赤津さんが選んだ島根の「無窮 天穏 天雲(むきゅう てんおん あまくも)」は、低温の湯煎でゆっくりと乳酸をきれいに整えるように温める。乳酸のふくよかな味が顔を出し、こりゃもう唸うなるしかない。
西荻窪の「風神亭」で修業し、いよいよ独立というときに燗酒に開眼。出汁とお燗の相乗効果に驚き「自分の料理には燗酒を合わせたい」と思い至った。さらに、日本酒それぞれのストーリー、携わる人が前面に出た銘柄も多く、身近に感じたという。「料理の幅を広げ、料理人を鍛えてくれるのが燗酒です」と赤津さん。我々は料理を介してさらに燗酒に心酔し、永遠に飲み続けるのだ!
【店主の愛する1本】小鳥のさえずり<埼玉>
神亀酒造の、きめ細やかな酒質とほっとする懐の深さがある1本。これに合わせて上質な食材や料理を探究しよう、値が張ってもいいものを提供しようと決心した。
『酒・肴 赤津庄兵衛』店舗詳細
取材・文=井島加恵、松井一恵 撮影=高野尚人、山出高士
『散歩の達人』2025年3月号より