城跡めぐり

まちなかと山あいに築かれた益子氏の城跡

11~12世紀に築かれた西明寺城跡。土塁上に高館山の三角点がある。

征夷大将軍だった紀古佐美の後裔、紀貞頼が常陸国信太(霞ケ浦南岸)の郡司となり、その子孫が築いて本拠を構えたのが西明寺城。益子氏を名乗って長く宇都宮氏の重臣だったが、天正17年(1589)主家に背いて滅亡した。後に本城となった益子古城の跡には『益子陶芸美術館 陶芸メッセ・益子』がある。戦国時代には益子古城を平時の居城、西明寺城を詰の城にしていたらしい。
●見学自由。益子3021(益子古城)/益子高館山(西明寺城跡)

遺跡広場として整備されている益子古城本郭跡。奥の建物は美術館。
益子古城東郭跡付近に濱田庄司愛用の登り窯が移築復元されている。

益子の低山ハイキング

秋になれば落ち葉の絨毯でフカフカ!

ベンチや看板完備、もてなされ感満点の芳賀富士山頂は標高272m

雨巻山は大川戸から足尾山、雨巻山、三登谷山をめぐる3~4時間の周回コースが人気。端正な姿の芳賀富士は麓の安善寺から標高差80mとやや物足りない。茂木駅から芳賀富士を経て七井駅まで約14kmの散歩を勧めたい。2座とも「栃木百名山」「ましこ世間遺産」選定・認定で、よく手入れされ歩きやすい。
●栃木県益子町上大羽1236先(雨巻山)/大平(芳賀富士)

雨巻山は益子町最高峰。周回時の 累計標高差約600mと気軽。

綱神社&地蔵院

荘厳な雰囲気のなかで堪能する、中世の文化財群

綱神社摂社大倉神社本殿(手前)と綱神社本殿の素朴にして優美な姿

山あいの上大羽地区は、名族宇都宮氏三代当主朝綱(1122~1204)隠居の地。累代墓所に三十三代が眠る。綱神社と地蔵院は宇都宮氏の菩提寺が起源といわれ、綱神社と大倉神社の本殿、地蔵院本堂の3棟は室町建築で国の重要文化財(旧国宝)。綱神社では例年11月、太々神楽の奉納が行われる。
●境内自由。栃木県益子町上大羽943  (問)0285-72-3101(益子町生涯学習課)

天文11年(1542)築の地蔵院本堂。左手に建つ観音堂も見逃せない。

真岡鐵道

のんびりとSLが走る益子への鉄路

益子駅に停車中の「SLもおか」。普通乗車券とSL整理券が必要。

「SLもおか」で有名な、茨城県の下館駅から栃木県の茂木駅に至る鉄道。益子駅近くに架かる土木遺産認定の小貝川橋梁は我が国最古級の「ポニーワーレントラス」で、幹線から移設されて大正2年(1913)の開通時から使用。イギリス積みの煉瓦橋脚は増水対策で嵩上げされている。
●「SLもおか」は土日祝を中心に運行

明治中期の英国製鋼材を使う小貝川橋梁。公園からアクセスできる。

ましこ悠和館

上皇陛下ゆかりの入母屋造の建物

1973年に日光から現在地へ移築され、3年前に町へ寄贈された。

上皇陛下が皇太子時代、奥日光へ学童疎開した際に滞在された「旧南間ホテル別館」の建物。「終戦の詔書」の玉音放送を聞かれた「御座所」と、平和について学べる「平和のギャラリー」が今年6月から一般公開されている。2019年度中には館内で宿泊できるようになる予定。

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益子へは、秋葉原駅発、城内坂経由益子駅行きの直行バスが便利。

取材・文・撮影=飯田則夫
『散歩の達人』2019年11月号より