瀬戸そのものを表した空間
靖国通りと明大通りが交差する駿河台下交差点のすぐそばで『古瀬戸珈琲店』が営業を開始したのは、1980年のこと。陶器でできた看板を目印に、店へと続く階段を上り店内に入ると、どこか懐かしい雰囲気の広々とした空間が広がる。カウンター越しの壁一面にずらりと並ぶカップと、さまざまな場所に飾られている陶器のオブジェの数々に目が留まった。
聞けば、この店のオーナーは瀬戸物発祥の地である愛知県瀬戸市の出身だという。親戚に陶芸家がいることから、創業以来少しずつ焼き物のオブジェが増えていったと店長の伊藤さんは話す。よく見ると、『不思議の国のアリス』を思わせるモチーフのオブジェがカウンター席周辺を中心にいくつも飾られている。不思議に思い、伊藤さんに尋ねてみると「これは長年一緒に働いているスタッフが提案したことでして。お店がオープンしてしばらくした頃に『不思議の国のアリス』をモチーフにした焼き物を特別に作ってもらったんです」という答えが返ってきた。
店名にも冠されている古瀬戸とは、大辞林によると“愛知県の瀬戸で鎌倉末期から室町末期頃まで焼かれた陶器”を指すそうだ。古瀬戸を焼成する際、窯の燃料に松の木で作った薪を使用していた背景にちなみ、カウンターの木材や床板、壁板などに松の木を採用した。また、その松の木に施した色は、黒と茶色が混ざり合った古瀬戸の色をイメージしたのだという。
創業から変わらない炭火焙煎コーヒー
カウンター席に腰を落ち着けると、実にさまざまなデザインのカップが並んでいることに気付く。「いろんな国のカップを取りそろえています」と伊藤さん。ホットドリンクを注文したお客さんだけが、200客以上もあるカップの中から好みのものを選ぶことができる。
その素敵なカップを満たすコーヒーは、炭火で焙煎した豆のみを使用している。炭火の遠赤外線によって、ムラなく均一に、豆の芯までしっかり火を通すことができるのだそう。また、それにより炭火焙煎ならではの独特な風味が引き出される。伊藤さんは、「この焙煎された豆の味をいかに損なわずに抽出するかを大切にしています」と話す。
創業当時から変わらないオリジナルのブレンドは、苦みを追求した古瀬戸ブレンドと、やや酸味が効いた駿河台下ブレンドの2種類。今回いただいた古瀬戸ブレンドは、苦みの中にもしっかりとした味わいを感じられる一杯だった。他にも、ブラジルやグァテマラなど世界各国で収穫された豆を使用するストレートなどが味わえる。
コーヒーと一緒に味わいたいケーキとパンのメニューも豊富。特に人気だというシュークリームは、毎日手作りで用意される。注文が入ってから、シュー皮をリベイクするため、ほんのり温かい状態でいただくことができる。発酵バターを使用したシュー皮は香ばしく、サクッとした食感もいい。カスタードクリームにはマスカルポーネチーズを加えて、甘さ控えめながらもコクのある味を表現した。言うまでもなく、コーヒーとの相性は抜群だ。動物のワンポイントが可愛らしい遊び心ある器も相まって、一気に気持ちがリラックスモードへと突入していく……。
創業当初から変わらないコーヒーと味のある器で楽しむ贅沢な空間。そんな『古瀬戸珈琲店』には今日も多くのお客さんが訪れる。
『古瀬戸珈琲店』店舗詳細
取材・文・撮影=柿崎真英