『もし人が他人に与えられる最高のものが誠意と真実であるならホテルがお客様にさしあげられるものもそれ以上には無いはずだと思ひます』_山の上ホテルのコンセプトより
東京の真ん中に位置し、文豪たちに愛されるホテルとして知られる「山の上ホテル」が2019年12月1日にリニューアルオープンした。ここはいわゆる享楽的なホテルではない。プールもカラオケもゲーセンもないが、ここにしかない3つの特徴がある。
まず一つが「建物」。
建築家ウイリアム・メレル・ヴォーリズの設計によるアールデコ様式の建物は、外観のみならず、内装にも随所に極めて美しい幾何学のモチーフや直線、波線形の装飾が施されており、その装飾を眺めて歩くだけでも十分楽しい。最近オープンした商業施設によくある、真新しいが、「周辺近隣地域」のイメージを強く意識した建物も、空間が広くてそれなりに気持ちがいいものだが、山の上ホテルのリニューアルはまた少し違う。歴史ある建物をできるだけ残しつつ、ホスピタリティ面を強化させるという試みで、ホテル内にいるとおっとりしたクラシカルな雰囲気がなんとも居心地がいい。極めて個人的な趣向で恐縮だが、レストランやロビーなどのタイル使いの美しさはほんとうにため息がでる。タイル好きはぜひとも訪れてみてほしい。
特徴の2つ目は「歴史」。
建物が完成した直後は、女性たちに西洋の生活様式やマナーを教える施設として利用されていた。太平洋戦争のあとGHQに接収。陸軍婦人部隊の宿舎として用いられたのち、1954年(昭和29年)接収解除を機に山の上ホテル創業者・吉田俊男氏がホテルとして開業。三島由紀夫、川端康成、池波正太郎など多くの文豪に愛されたほか、大手出版社が林立する土地柄か、作家先生たちの「カンヅメ」場所として利用されていたことでも知られる。ホテルの部屋には改修前から使われている味のある「文机」があり、宿泊者へのおみやげとして、日本橋の老舗「はいばら」のレターセットが置かれているなど、文化人に愛されたホテルの特徴がよく見える。
そして最後に、特筆すべき特徴は「料理」。
山の上ホテルはさほど大規模なホテルではないが、数々の支店ももつ「てんぷらと和食 山の上」をはじめ、鉄板焼、フレンチ、中国料理、バー、ワインバー、コーヒーパーラーと、施設内に7つもの本格的なレストランやバーを持つ。ホテルのもうひとつの重要なテーマ「美味求道の心」は各店舗に配される名人により、存分に追及されている。味だけではなく、すべてのお店にはそれぞれテーマとストーリーがあり、山の上ホテルならではの装飾もそれぞれ特徴的で美しい。
急に俗な話になって恐縮だが、当社スタッフも、リニューアルにあたりプレスに向けての発表会にご招待いただき、そのあと歓談の場にて、7つのお店それぞれの自慢の一品を試食させていただいた。リニューアルにあたっての試食会などにご招待いただくのは初めてではなく、「いつもの立食」なイメージでいただいたが、これが本当においしい!! だいたい立食のお食事は少し食べたら酒のほうにいくのが常だが、あれもこれも食べたくて、いつまでもお皿が手放せなかった。
そして今度近いうちに、内装全体と、あと特に椅子がすばらしかった「葡萄酒ぐら モンカーヴ」を個人的に利用しに行くことをひっそりと誓います。そして派手なホテルは疲れるのよ、という田舎の両親が上京した際は、わが家よりももっとくつろげるこのホテルの部屋をプレゼントしようと思います。
『山の上ホテル』詳細
地下鉄神保町駅から徒歩6分
取材・文=山出紀子