スカイツリーの周囲は路上園芸の宝庫
今回、路上園芸を探して歩いた押上は、村田さんのお気に入りの観察スポット。村田さんがはじめて観察に訪れたのは2014年。『プランツ・ウォーク 東京道草ガイド』(いとうせいこう、柳生真吾著/講談社)の編集者で、緑を探して街を歩く「プランツ・ウォーク」の企画者の西澤明さんの案内で街を歩いたそうだ。
「そのときに『ここは園芸の宝庫だ!』と分かって、それから事あるごとに訪れている思い入れのある場所です。特に民家や町工場が入り交じったエリアでは、路地の園芸を至るところで見ることができますね。何十年レベルの園芸も多いので、植物としての見応えもあると思いますよ」
なお路上園芸の観察で用意したほうがいいアイテムは、カメラ(スマホでOK)とメモ帳、筆記具くらい。植物の名前も「近所で見るものを数種類だけでも覚えているとより楽しくなりますが、まったく分からなくても大丈夫です」とのことだ。観察を楽しむときのポイントも伺った。
「私が考える路上園芸の面白さのポイントは大きく3つです。1つ目は、植物の生命力のはみだし、物理的な敷地外へのはみだしなどの『はみだし感を楽しむこと』。2つ目は『美しさを楽しむこと』。私はコンクリートの壁に小さく咲いている多肉植物とかが好きなんですが、遠目に見るとよく分からなくても、近くで切り取って見ると芸術作品のような美しさがある路上園芸は多いです。3つ目は植物の背後にある人の気配や営みを想像して、それを楽しむことですね」
「どさ草」設置の路上園芸が沢山!
さっそくスカイツリーのたもとから観察を開始! スカイツリーの敷地内は計画的に配置・手入れされた植栽しか見当たらなかったが、そこから外れて十秒も歩くと、すぐに観察対象のネタが。最初に見たのはコチラ。
「アロエが街路樹の脇に『どさ草』(歩道の植え込みなどを個人の『庭』化すること)で置かれていますね。近くにはオリヅルラン、シェフレラも置かれていますが、これらは路上園芸の三大人気植物といえるほど街なかでよく見ます」
なお「どさ草」は、その後の観察中にも大量に見られた。その一部が以下のようなものだ。
公共の緑と個人の園芸がゆる~く入り混じってしまっているのも、路上園芸のおもしろさの一つだ。次に足を止めて観察したのはこちら。
「こうした建物と建物のスキマには、『ここから先には入ってこないでね』という意味合いで植木鉢が置かれることがよくあります。いわば『結界を守る』役割ですね。下に生えてるのはセイヨウタンポポかな。舗装の隙間から生えていますね」
何気なく歩いていると見過ごしてしまう路上の植物も、こうして足を止めてじっくり見てみると(そして村田さんの解説を聞くと)非常に面白い。
上の写真の光景を見て「上から水が垂れてくるところには植物がよく生えてくるんですよ」と村田さん。路上で育まれる植物を見ていると、目の前には見えない「水の流れ」までもが見えてくるのだ。
ここまでの話からも分かるように、路上の植物の生態にもかなり詳しい村田さん。
「街の隙間で生きる植物の話は、東京大学大学院で植物学の研究をしている塚谷裕一教授の『スキマの植物図鑑』『スキマの植物の世界』(ともに中公新書)や、ネイチャーガイドの佐々木知幸さんの『散歩で出会うみちくさ入門 道ばたの草花がわかる!』(文一総合出版)などで知ったことでした。植物の名前や見分け方は本当に難しくて、私もまだまだ勉強中です」
路上園芸がイイ感じの店には外れナシ!?
次に足を止めたのはラーメン屋の前だ。
「下町の園芸の定番の金のなる木と、あと日々草が置かれていますね。日々草は鉢から脱出して地面からも生えちゃってるのがカワイイです。あと、これは私のジンクスなんですが、路上園芸がイイ感じのお店は美味しいです(笑)。植物にしっかり手をかけてるお店は、料理にも手を抜かないはずだ……という勝手な解釈なんですけど」
言われてみたら、たしかに路上園芸の充実した店はいいお店っぽい気がしてくる……! そして、こうしたほのぼのとした園芸を並べる店が多いエリアは、おそらく今の街並みの歴史も深く、おおいに散歩しがいがあるエリアといえそうだ。
「確かにそうかもしれませんね。路上園芸の観察をするときは、お店の店構えとか、看板の文字とか、装飾テントとか、いろいろなものを一緒に観察すると面白いと思います。また路上の植物を間近で見ようとすると、室外機とかパイロンとか、ほかのマニアの方々がいる観察対象も自然と目に入ってくるはず。そうした街のものを一緒に観察しながら歩いても面白いと思います」
路上園芸の定番の転職鉢、トロ箱、小人
さらに歩くと、さすがは「路上園芸の宝庫」と呼ばれる場所だけあり、次々とおもしろいものが見つかる押上。以下は「路肩の使い方がいいですね」と村田さんが指摘した場所だ。
このように路上園芸の観察を続けると、路上園芸の世界での「あるある」的な配置法や、定番のテクニックがだんだんと見えてくる。次の「鉢オン鉢」もその一つだ。
「園芸をやっている友達に聞くと、上の鉢の土が乾燥しにくいというメリットがあるそうです。この鉢オン鉢は、単純に置き場所がないので重ねている節もありそうですけど(笑)」と村田さん。
また下の写真のようなトロ箱(海産物を入れる箱)は、路上園芸では「転職鉢」として定番だそうだ。
「トロ箱は入手が容易で、軽くて加工しやすく、保温性も高いので、路上園芸では重宝されます。ウィキペディアでも『トロ箱栽培』という項目があるほど、園芸では定番の方法のようです」
また路上園芸の世界では、鉢植えと一緒に小さなオブジェを並べているケースも多く見る。なかでも多いのが「7人のこびと」だ。
「7人揃っていることはめったにないので、大山顕さんが『7人ぐらいのこびと』と命名してましたが、私も揃っているケースは全然見ないです(笑)。100円ショップで売っていることを見たこともありますし、バラで一体ずつ売られているものを買う方が多いのではないかと思います」
室外機の周辺にも注目
路上園芸を観察しながら歩いていると、よく目に入ってくるのが室外機。室外機の周囲には植木鉢が多く、その上に植物が置かれていることもある。
「室外機の下も植物が生えていることが多い場所です。おそらく、あたたかくて水がたまりやすい環境なのかなと思います」
植物のある空間の「美しさ」も楽しむ
今回の記事の冒頭で、村田さんは路上園芸の楽しみ方として「美しさを楽しむ」という観点を提示し、「近くで切り取って見ると芸術作品のような美しさがある路上園芸は多い」と話していた。上の写真のような室外機を中心とした路上園芸の配置も、アートを見るような感覚で眺めるとちょっと面白くなってくる。
……と、普通の人なら一切見もせずに通り過ぎている場所にも、路上の植物のおもしろさを次々と見つけていく村田さん。一緒に歩いていても、写真を撮る場所は独特だった。
路上園芸もハロウィン仕様だった!
なお取材で押上の街を歩いたのは10月末。街はハロウィンムードが漂っていたが、それは路上園芸も例外ではなかった。特に凄かったのが、この工場の前だ。
……と取材中はさまざまな路上園芸を眺めては、100回以上は「いいですね」と言っていた村田さん。スカイツリーの真下のカフェで話を伺い、スカイツリーの周囲を歩いたものの、この日の取材ではスカイツリーの話題はほとんど出なかった。路上園芸に着目した東京の街歩きは、ガイドブックには載っていない東京の街の面白さや、住民が作る景観の面白さを教えてくれるものでもあるのだ。
取材・文・撮影=古澤誠一郎