佃煮屋の営業職からそば屋の店主へ

店主の齊藤隆宏さん。来年には還暦を迎えるとは思えない若々しさ。

『玉芳』が代替わりしたのは2019年7月。三代目店主となる齊藤隆宏さんにその経緯を聞いてみた。

「私は、元々は食品の営業の仕事で、市場に出入していたんです。市場で懇意にしていた箕輪商店の事務員さんと、(玉芳の)隣の八幡食堂に食事に来ていた時に聞いたんです。玉芳のご主人が店を閉めることになって、後継者を探していることを……。以前から私は飲食業界に興味がありまして、しかも市場の建物があと5年で建て替えになるから、それまでという期限付きだったこともあって引き受けることにしました」

それからはトントン拍子で話が進み、履歴書なども出さないまま、引き継ぎが決まったそう。

齊藤さんの前職は、小豆島(しょうどしま)にある佃煮屋の営業マン。千葉に駐在して関東方面の営業を担っており、船橋市場はその営業先の一つだった。しかも後から判明した話だが、先代の女将さんの実家が経営するホテルに営業マン時代に出入りしていたそう。

厨房でそばを洗う。次々と注文が入るので手を休める暇はない。

そんな縁ある店に、引き継ぎが決まったのが、2019年5月。それから2ヶ月の間、厨房に入り、調理の特訓を受けて7月には再オープンに漕ぎ着けた。

そばは竹製の大きなザルで水を切る昔ながらの調理法。これに慣れるまでは大変だったそうで、「最初の3日間はそばを5kgもダメにしました」と苦笑い。今ではそんなことも感じさせないほど、慣れた手つきでそばを作っていた。

カウンターと小上がりの座敷席、テーブル席がある。現在は29席。

安くてガッツリは、サラリーマンの味方

そばと天丼の玉芳セット。麺は通常の1.2倍とも思える量。

「私もサラリーマンを40年近くやっていましたからね。しかも外回りですし、毎日のランチはいかに安く済ますか頭を悩ませてきました。市場のご飯はその点、ボリュームもたっぷりでいいですよね。市場には近隣のサラリーマンも来ますから、せめてランチでは安くておいしい物をガッツリ食べさせてあげたいですよね」と齊藤さん。元々ボリュームは多い方だった『玉芳』の麺。齊藤さんの代になってからさらに多くなったそう。

メニューは少しずつバージョンアップ

天丼は単品で850円。セットよりも海老は1本多くなる。

メニューは基本的に先代から変えていない。壁に貼られた黒い札のメニューはそのまま残している。しかし昔から人気があった玉芳セットの丼は親子丼から開花丼(豚丼)へ変更した。じっくり火を通す必要があり、調理に時間がかかる鶏よりは、豚の方が早く出来上がるからとのこと。

スピード勝負の市場飯ならではのアイデアだ。

この玉芳セットは「もり」「かけ」のそばかうどんに、丼かカレーライスが付いて850円。丼は天丼・カツ丼・開花丼・玉丼の4種類から選べる。そのほか、みそ煮込みうどんや鍋焼うどん950円など新メニューもある。寒い季節にはうれしい一品だ。そば屋で一杯やりたい人には、ビール(大)680円や日本酒400円も提供している。

温かいかけ蕎麦は単品で480円。

そばの麺も先代から変わらず、東京『東屋製麺』のすっきりとした白めの麺を使っている。少し甘めのそばつゆに対して、天丼のタレは、ぐっと濃い目の甘辛。江戸前の味だった。

齊藤さんは「関西のだし文化がある地域で働いていたこともあって、本当は甘めのだしの効いた味が好みなんです。少しずつ変えて行こうと思っています」と打ち明けてくれた。さらに「これからパスタもやろうと思っていたんです」と驚くような言葉も。昔ながらのそば屋にこだわらず、色々挑戦してみたいという心意気がうかがえた。

小学生以下の子供にサービスしているジュース缶。

土曜のお昼には、家族連れも来るそうで「お子さんにはジュース一本をサービスしているんです」と言って、テーブルに置かれたジュースは、昔懐かしのバヤリースのオレンジジュース缶だった。休日に親子で市場を散策した後にランチを楽しむ。市場食堂のまた違った風景が目に浮かぶようだった。

住所:千葉県船橋市市場1-8-1 船橋卸売市場/営業時間:7:00~13:00/定休日:市場の休場日に準ずる/アクセス:JR・京成船橋駅より徒歩15分

取材・文・撮影=新井鏡子