寅タコ闘争全29番勝負はこれだ!

寅さんタコ社長が繰り広げるケンカシーンは、シリーズ中全28作において全29シーン確認できる。まずはその全容をみていこう。

〈ラウンド1〉 日照権闘争(第4作)

「とらや」「朝日印刷所」間の衝立て設置に際し、双方ボクシング風に対峙。マドンナ春子先生(演:栗原小巻)の仲裁で「社長とボクは大の仲良し、ねえ社長」と仲直りして引き分け

〈ラウンド2〉 浦安色男闘争(第5作)

傷心の寅さんに「うまくやってるようじゃないかよ、浦安のほうでさ~。色男~」とタコ発言。タコへの鼻つぶし攻撃にて寅さん先勝

〈ラウンド3〉 ボロ工場闘争(第6作)

「こんなボロ工場、辞めちまえよ」という寅さんの罵声に、タコが先手で頭をはたくが、寅さんすかさず叩き返す。両者譲らず引き分け

〈ラウンド4〉 児童虐待法闘争(第7作)

マドンナ花子(演:榊原るみ)に背中揉ませるタコに、寅さん「児童虐待法で訴えてやる」と紙の筒でパコッ。まあ寅さん一方的勝利

〈ラウンド5〉 喫茶店闘争(第8作)

マドンナ貴子(演:池内淳子)にドギマギし、寅さんがタコのヘルメット叩き。これも寅さん一方的に勝利か。

〈ラウンド6〉 貸間闘争(第9作)

博が不動産屋への手数料を払ったことに際し、「ただでさえ迷惑なのにな」のタコ発言が発端。寅さんタコの首根っこつかむ。

〈ラウンド7〉 納税非国民闘争(第10作)

タコ社長が仲介したお見合い騒動が発展してなぜか納税問題に。「悔しかったらなあ、いっぺんくらい払ってみろ!(中略)非国民!」(タコ社長)「このやろう。白菜喰らいやがれ」(寅さん)とタコの頭に白菜ボンバー~掴み合い。寅さん優勢勝ち。

食べ物を粗末にするのはいかがなものかとは思うが、「白菜食らいやがれ!」と叫んで、イヤな奴に投げつけたら気持ちいいだろーなー。
食べ物を粗末にするのはいかがなものかとは思うが、「白菜食らいやがれ!」と叫んで、イヤな奴に投げつけたら気持ちいいだろーなー。

〈ラウンド8〉 労務管理闘争(第11作)

工場の水原君&めぐみちゃんの恋愛について「君は労働者を管理しとるのかね?管理しとるか?」と寅さん竿の先をタコ社長の鼻先に突き刺す。軽いバトルだけど、まあ寅さんの勝ち。

〈ラウンド9〉 草津の湯闘争(第12作)

「お医者さんでも草津の湯でも~」と寅さんの恋わずらいを茶化すタコ社長に、「チクショウ殺してやる!」と寅さん突進、引き倒し、投げ飛ばし、首絞め……。工員たちは寅さんを羽交い締め。寅さん狂暴度No.1のラウンド!おかげで本作、シリーズ最大動員!

〈ラウンド10〉 重大発表闘争(第13作)

寅さんの“タコちゃん”発言(もとはおばちゃん発言か)に「うるせえな、てめえ」とタコ、寅を突き飛ばす。さらには一家大立ち回りに発展し、両者リングアウトで引き分け。

〈ラウンド11〉 木曜金曜闘争(第14作)

「おまえなんかに中小企業経営者の苦労がわかってたまるか」という後へも続く名セリフとともに、タコ社長が寅さんを押す。寅さん反撃で突き飛ばしからの押し倒しの連続攻撃。タコが先に手を出した数少ないラウンドだが、寅さん優勢勝ち。

〈ラウンド12〉 隠し子闘争(第16作)

「ねじり鉢巻してタコ踊り」とからかう寅さんをタコ社長が背後からどついて3ラウンド連続で先手。寅さん、タコの頭をはたいて、両者掴み合い。はい、引き分けですね。

〈ラウンド13〉 甥御闘争(第17作)

「『あら、あなた寅さんの甥御さん?』こう言うとさ、みんな笑っちゃうんだよ、あはは」というタコ発言に、寅さんタコにタコ墨ならぬ墨汁塗って先制。「表出ろ!」と 寅さんおたまを振りかざし戦意満々なるも、おばちゃんの泣き入りで終了ゴング。

〈ラウンド14〉 犬のトラ闘争(第19作)

「トラ(犬)いるかい?トラ、トラ。魚の頭持ってきてやったぞ~」のタコ発言で着火。まずは小突き合い。次手で寅さん至近距離からのジャガイモ投げ。タコ社長、鍋ぶたで巧みに防戦も寅さん勝利。

〈ラウンド15〉 押し売り間違い闘争(第20作)

「税務署行ってお前が押し売りに間違えられたって話したらウケちゃってよ~。税金まけてもらっちゃったよ~」のタコ発言からの寅さん喉輪攻撃。フィニッシュは必殺“物干し竿 空中吊り”で寅さん完全勝利。

〈ラウンド16〉 中小企業の苦労闘争(第21作)

「いいか寅、てめえなんかにな、中小企業の経営者の苦労がわかってたまるか」とタコ社長の常套句。「この顔が苦労している顔かこの野郎、風船みてえにブクブクしやがって」と寅さんタコの耳を激しく引っ張る。寅さん勝ち!

〈ラウンド17〉 第1次失踪闘争(第22作)

タコ社長、失踪(自殺?)騒動も無事帰還。「パーッと憂さ晴らし…」のタコ発言に、寅が腕をとって倒し、馬乗りで首絞め。タコが反撃して庭で乱闘。引き分けかな。

〈ラウンド18〉 満男の作文闘争(第23作)

満男の作文にアレコレ書かれた寅さん「『とらや』の恥をさらすな」と不機嫌。

「ご本人がそう(恥と)言ってりゃあ世話無いわ、ハハハ」とのタコ発言に寅さん怒り、

「イタリアワインでシャンプーしてやらあ。この野郎」と言いながらワインをかけて頭パコパコ。

「なにがイタリアのワインだ。中小企業の恥さらしがっ」などと終始圧倒した寅さんの優勢勝ち。

ケンカの原因となったワインと寅さんマニア向け手ぬぐい。当事者は留吉(演:武田鉄矢)も「力強かタッチですよ」を絶賛した(第21作)寅さん書「反省」の二文字を心にとどめよう。
ケンカの原因となったワインと寅さんマニア向け手ぬぐい。当事者は留吉(演:武田鉄矢)も「力強かタッチですよ」を絶賛した(第21作)寅さん書「反省」の二文字を心にとどめよう。

〈ラウンド19〉 ブドウ虎闘争(第24作)

「そうかこのウチにもいたな。とびきり獰猛なヤツ(虎=寅さん)が。ククク、ハハハハ」とタコ発言。寅さん、タコの顔にブドウを擦り付け一方的勝利。

〈ラウンド20〉 リリー電話闘争(第25作)

リリーからの電話を心待にする寅さんをタコ社長がからかう。寅さん一方的にボカボカ。

リリーからの電話を心待ちにする寅さんをタコ社長がからかうところからバトルに発展(「葛飾柴又寅さん記念館」)。
リリーからの電話を心待ちにする寅さんをタコ社長がからかうところからバトルに発展(「葛飾柴又寅さん記念館」)。

〈ラウンド21〉 マイホーム祝い偽札闘争(第26作)

「寅さんの1万円札?まさか偽札じゃないだろうな。あー、あった透かしがあった。ホンモノだよ、これ」という過去最悪のタコ発言に怒りの寅さん「そんなに金が欲しかったら食っちゃえ食っちゃえ」と1万円札をタコの口に詰める。寅さん圧勝。

〈ラウンド22〉 竜宮城闘争(第27作)

タコ社長出演の夢の話(前回参照)を聞いて「こっちは毎日首くくる夢見てんだぞ。それをなんだ。竜宮城で乙姫様にあった夢なんか見やがって」とどつき合い(タコ先手)。ここは引き分けか。

〈ラウンド23〉第2次失踪闘争(第27作)

失踪の心配をよそに夜遊びしてたタコ社長「オレもてちゃった。ふへへへ」。怒った寅さん、タコの鼻を手のひらでグリグリ。夢シーン、R22から続く、シリーズ随一の壮大な長期戦です。

〈ラウンド24〉 鎌倉デート闘争(第29作)

かがり(演:いしだあゆみ)とのデートを茶化すタコ社長を「えらそうな口ききやがって!」と押し倒し。博、おいちゃん交えて小競り合い。後半に投げつけたのはニンジンか。

〈ラウンド25〉 桃枝イチャイチャ闘争(第30作)

寅さんと桃枝(演・朝丘雪路)との間柄についてのタコ発言「本気で惚れてたんだろ、へへへ」に怒って、座布団らしきものをタコに投げつける。寅さんの勝ちということで。

〈ラウンド26〉 運動会闘争(第31作)

「そりゃあ当たり前でしょ。みっともないタコ入道みたいなオヤジが学校に来たら、あの鈍感な娘だって自殺したくなるよ」

「言ったなこの野郎。たとえね零細企業でもオレは社長だぞ。おまえは何だ。文無しのフーテンじゃねえか!」

言葉の応酬は激しいが、ケンカは軽い小突き合い。引き分け。

〈ラウンド27〉 あけみ世間体闘争(第34作)

夫婦喧嘩をタコ社長に咎められたあけみ「元の鞘に収まれって言うんだよお」。寅さんがかばって「世間体を気にしてか。もともとそういう人間なんだよ、お前の親父は」。聞いたタコ「ちくしょう!」と怒り、寅さんを押し退ける。さらにエスカレートし参道に出ての場外乱闘。竹ぼうき、ごみバケツのフタ、オモチャのマシンガンで、激しいバトルを繰り広げるも御前様直々の仲裁で痛み分け。史上最大の攻防にして、事実上の最終決戦か。

〈ラウンド28〉 あけみプロポーズ闘争(第35作)

「アタシ、今のつまらない亭主と別れて一緒になってあげようか?」とあけみの戯れ言に、

「それはできない相談よ。お前と一緒になったら、俺はこの男のこと“お義父さん”と呼ばなきゃなんない」と返す寅さん。聞いてたタコが激怒し将棋のコマを投げつけ先手。庭での取っ組み合いに発展。太宰久雄さんの気力を振り絞るような熱演にほだされて、社長の優勢勝ちってことに。

〈ラウンド29〉 鉛筆セールス闘争(第47作)

寅さんのセールステクニックに感嘆する一同。「あれほどうまくやればね、女の一人や二人引っかけられると思うよ。つい乗せられて、“いいわよ”なんて言っちゃったりしてな~」の最後のタコ発言に、寅さんがタコの耳引っ張る。最終ラウンドも寅さんの勝ち。

というわけで全29R、ここから先はその戦いの中身について分析していきたい。

29のケンカの原因を検証してみる

当たり前の話だが、およそケンカというものは、どちらかがその発端となっている。寅タコ闘争についても同じ。てことで、まずは寅さんタコ社長、どちらがケンカの原因を作ったのか、その回数と内訳を集計してみた。

【寅さん原因】

全10ラウンド(R1、R3、R8、R10、R16、R22、R24、R26、R27、R28)

〈内訳〉

・タコの工場/仕事をからかう:全4ラウンド(R1、R3、R8、R16)

・タコの容姿/素行をからかう:全5ラウンド(R10、R22、R24、R27、R28)

・タコの家族をからかう:全1ラウンド(R26)

【タコ社長原因】

全19ラウンド(R2、R4、R5、R6、R7、R9、R11、R12、R13、R14、R15、R17、R18、R19、R20、R21、R23、R25、R29)

〈内訳〉

・寅の色恋沙汰をからかう:全5ラウンド(R2、R9、R18、R20、R29)

・寅の職業をからかう:全5ラウンド(R6、R7、R11、R13、R15)

・寅の容姿/素行をからかう:全3ラウンド(R12、R19、R25)

・自らの素行に問題:全6ラウンド(R4、R5、R14、R17、R21、R23)

 

寅さん=粗暴、厄介者というイメージがあるためか、ケンカの原因は主に寅さんにあると思いきや、その実、19対10で苦労多きカタギの中小企業経営者・タコ社長の方がケンカの原因を多く作っている。

 

原因の内訳を見ても、タコ社長の不用意な言動、無神経な素行が目につく。まさに“ヤクザな兄貴”を凌駕する“厄介な隣人”だ。いつも悪者にされがちな寅さんに同情したくなる結果となった。

先手、必殺技、凶器で圧倒する寅さん

「先に手を出したほうが悪い!」とよく親や先生に言われたものだが、寅タコ闘争において先に手を出した回数をカウントしてみた。すると、全29ラウンド中、22対7で寅さんが圧倒。きっと「寅ちゃんが悪いよ!」と、どこかでおばちゃんに叱られていることだろう。

 

格闘中はもっぱら寅さんの攻撃が中心で、タコ社長は防御で精一杯であることが多い。

 

寅さんの攻撃パターンを見てみると、「タコの弱点は顔にあり」と言わんばかりに、鼻グリグリ攻撃(R2、R23)、耳引っ張り攻撃(R16、R29)など、タコ社長顔面への攻撃が目立つ。かなり効果的な攻撃であると見受けられる。

 

一方、いささか反則である気もしないではないが、凶器(?)の使用も見逃せない。使用された凶器は、じゃがいも、白菜、ブドウ、ニンジン、ワインなどの食品、おたまなど日常用品、1万円札、墨汁、物干し竿、釣竿、竹ぼうき、オモチャのマシンガンなど多彩だ。

 

その中でも白菜を見事直撃させたのはさすがのひと言(R7)。全ラウンド中、最も切れ味のいい技だ。また、ジャガイモの連射(R14)も、その堅さから直撃のダメージはさぞ大きそうだが、この局面をタコ社長は鍋ぶたで防いでいる。このディフェンス力は評価に値しよう。

 

凶器を使った技には、墨攻撃(R13)、1万円札攻撃(R21)などダイナミックなものが多い。その最たるものがR15で寅さんが繰り出した“物干し竿 空中吊り”。時代劇の「お武家様、あ~れ~」的な“町娘クルクル帯ほどき”やプロレス技の“吊り天井(ロメロスペシャル)”同様、受け手の協力が無いと不可能と思われる大技。本作では結果のみで技を掛けるシーンは映されていないが、ぜひ最新の技術を駆使して再現してほしい。

 

寅さんに物干し竿に吊るされてしまったタコ社長。こんな姿になっちゃいました。ナンマンダブ、ナンマンダブ…。
寅さんに物干し竿に吊るされてしまったタコ社長。こんな姿になっちゃいました。ナンマンダブ、ナンマンダブ…。

寅タコ闘争の総括と、武者小路実篤

一連の寅タコ闘争を総括すると、ケンカの流れとしては、タコ社長が作った原因をきっかけに、寅さんが先に手を出し、必殺技と多彩な凶器でタコを圧倒……というパターンが主流であることがわかる。

 

トータルの勝敗は一目瞭然、19勝1敗9引き分けで寅さんの圧勝~! でもまあ、この争いに勝敗など何の意味も持たないことは、観る人のすべてが分かっている。

 

ところで、この激しくもどこか微笑ましいこの寅タコ闘争を検証する過程で、ふと思い当たった人物がいる。昭和の文豪にして思想家の武者小路実篤だ。

 

前述のように、寅さんタコ社長のケンカには、白菜、ジャガイモ、ニンジン、ブドウなど野菜・果物が多く使われる。一方、野菜で武者小路実篤と言えば、あの有名な日本画。カボチャ、ピーマン、トマト、ジャガイモ、キュウリなど、朴訥で優しいタッチで描かれた野菜に

「仲良きことは美しき哉」

「君は君、我は我也、されど仲よき」

といった人の仲を讃える名文が添えられている、あの作品だ。

似てる……か?

 

かたや野菜を愛で、かたや野菜を投げつけてケンカする。

 

かたや「理想的な調和社会」「階級闘争の無い世界」の実現を標榜し、かたや会えばケンカし、互いの階級(境遇)を誹謗し合う。

寅さんはこの絵を見てもまだ野菜を投げつけるだろうか…。ポストカード、トートバックは調布市の「武者小路実篤記念館」にて販売。
寅さんはこの絵を見てもまだ野菜を投げつけるだろうか…。ポストカード、トートバックは調布市の「武者小路実篤記念館」にて販売。

実篤の抱いた理想と寅タコ関係は一見、相反する。でもよくよく見てみればこの寅タコ、ケンカをしても、

「いやあ寅さん、さっきはすまなかった」

「社長、オレもちょっと言い過ぎたよ」

などとすぐに仲直りをして、最高に仲がいいのもまた事実。理想の人間関係とすら思える。

 

その点、まさに実篤の絵の如し。つまり実篤の求める世界観(人間観)とケンカを介する寅タコ関係、この両者はアプローチこそ違えど着地点は一緒。表裏一体と言えはしまいか。

 

邪推に過ぎないが、そう思うと今度、実篤の書画を見たときにプッと吹き出してしまいそう。

 

……タコはタコ、寅は寅也、されど仲よき

 

取材・文=瀬戸信保

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