北鎌倉で和食といえばここ。『鎌倉 鉢の木 新館』ってどんな店?
北鎌倉駅から徒歩5分。おしゃれなカフェや雑貨店などが立ち並ぶ一角に、ひときわ風格のある建物が2つ並ぶ。手前に見えるのが、精進料理を提供する『鎌倉 鉢の木 北鎌倉店』。そして奥に見えるのが、会席料理を提供する『新館』だ。今回は、予約なしでも気軽に立ち寄れるという新館で、ランチをいただくことにした。
駅と反対側には10台ほどの駐車場がある。和服の店員さんが接客する店内を覗いて、ちょっと敷居の高いお店かな……と心配になるも、外に置いてあるメニューには1000円くらいの品も載っているので、恐れずに店内を目指す。
素敵な日本庭園を眺めながらアプローチを進むと、非接触体温計やアルコール消毒液などが設置され、しっかりと感染症対策が取られていることが分かる。
店内は明るく広いテーブル席で、高級感がありながらも、肩ひじ張らずにくつろげる雰囲気だ。
2階には宴会用の和室もあり、結婚式披露宴などで使われることも多いという。
素材の旨さを引き出す、和食の真骨頂。老舗の技が詰まった稲庭うどん
気軽にお昼を頂きたいときにおすすめなのが、温かい稲庭うどん1000円(税別)。一見普通のうどんに見えるが、こだわりが随所に感じられる逸品だ。濃厚なだしと柚子の効いたつゆは、和食の名店ならでは。絶妙に火の通ったネギの歯触りも小気味いい。
そして特筆すべきは、低温調理した鶏肉のやわらか煮。とろけそうなほどジューシーで旨味が濃縮されていて、鶏むね肉ってこんなに美味しかったっけ、と感動してしまった。
添えられているのは、京都『原了郭』の黒七味。山椒の効いた香ばしい味わいは、鶏肉との相性ピッタリで、最後まで飽きずに頂ける。なお、暑い時期には冷やしうどんを提供している。
旬の食材を、一番美味しい食べ方で。料理人の本気を感じる贅沢会席膳
ランチでもしっかり会席料理を味わいたい人には、こちらの鉢の木特選 贅沢会席膳3800円(税別)がおすすめ。自家製のひろうす(がんもどき)や湯葉などの鉢の木定番料理をはじめ、旬の食材をふんだんに用いた、四季を感じられるお膳になっている。一緒に頼んだビールは、ご当地クラフトビールの鎌倉ビール 月850円(税別)。濃厚ながら癖が強すぎず、和食にぴったりだ。
「贅沢」と名の付くお膳だけに、高級食材もふんだんに使われている。ローストビーフは、適度にサシが入った旨味の強い和牛を使用しており、低温調理でしっとりと旨味を閉じ込めている。
舞茸の炊き込みご飯には、あわびがゴロゴロと乗っている。柔らかく煮たあわびは、磯臭さの無い上品な仕上がりで、噛むほどに旨味が染み出す。
そのほか、牡蠣のしぐれ煮や鰆西京焼きなど、この季節の美味しいものを網羅しているといっても過言ではない。
さりげなく入っている野菜も、「さつまいものレモン煮」や「しめじ柚子煮」、「里芋含め煮」など、それぞれの食材に合わせてだしの種類や味付けを変えており、一口ごとに発見があって面白い。
正直、最初はランチでこの値段は少々お高いと思っていたが、この内容ならば納得。普段の外食を数回我慢してでも食べに来たいと思える、“贅沢”の名にふさわしいお膳だった。
初冬のイチゴの濃厚さを味わう季節の甘味、苺寄せ
見逃せないのが、季節ごとに変わる甘味だ。初夏には自家製の梅ジュース、秋には栗茶巾など、季節限定の甘味を楽しみにしているお客さんも多いのだとか。
この日頂いたのは、出回り始めたばかりの“はしり”のイチゴをたっぷり使った苺寄せ500円(税別)。春のイメージがあるイチゴだが、実は寒い時期のイチゴの方が、ゆっくり育つ分甘みも香りも強い。果実の美味しさを活かしたシンプルなゼリー寄せは、寒さに縮こまりがちな気持ちをパッと明るくしてくれるような、爽やかなデザートだった。
『鎌倉 鉢の木 北鎌倉店』の精進料理を特別に一皿だけ味見。西京味噌仕立ての風呂吹き大根
ここまで美味しい会席料理を頂いてみると、気になるのは隣の『鎌倉 鉢の木 北鎌倉店』で提供している精進料理だ。ミシュラン一つ星に輝いたこともあるという『北鎌倉店』では、いったいどんな料理が出されているのだろうか。
今回は特別に、『北鎌倉店』のコースで冬によく出されるという風呂吹き大根を味見させてもらった(北鎌倉店は完全予約制なので、精進料理を食べたい場合は予約を忘れずに!)。
白く輝く美しい大根に、西京味噌ベースのたれがたっぷりと掛かった一皿。大根の甘みと、西京味噌の上品な旨味、柚子の香り、そして昆布だしの組み合わせは、これが大根の一番美味しい食べ方だ!と納得してしまう仕上がりだ。
動物性の食材を使わない精進料理は、仏教の戒律に縛られた「我慢の料理」だと思っていたのだが、それは違った。むしろ、野菜の食べ方を長年研究してきた専門家による、「最も美味しく発展した野菜料理」なのではないだろうか。
高級店となった『鎌倉 鉢の木 新館』が、カジュアルなランチを提供し続ける理由
海外の要人なども多く訪れ、2010年にはAPEC(アジア太平洋経済協力)配偶者プログラムで昼食を提供したこともあるというこのお店。それでもリーズナブルなランチを提供し続けているのには、創業者から受け継いだある想いがあるからだ。
『鎌倉 鉢の木』の始まりは、建長寺の門前に開いた小さなおにぎり屋だったという。
東京オリンピックが開催された1964年、創業者の千葉ウメさんは、小学生だった息子の譲治さんを養うため、女手一つで『鎌倉 鉢の木』を開業した。当時は建長寺の参拝客などに向けて、おにぎりとみそ汁、お新香、そして精進揚げというシンプルな料理を出していたという。鎌倉時代の古事にちなんでつけた店名には、何はなくとも、家庭料理の美味しさを伝えたい、精いっぱいのおもてなしをしたいという、ウメさんの気持ちが込められている。
ウメさんの跡を継いだ譲治さんは、事業を拡大し成功を収めた今でも、その想いを大切にしている。
2020年の緊急事態宣言下においては、休校中の子供達の食事支援のために「こどもごはん200円」を発売し、評判となった。
定期的に修学旅行のお客さんを受け入れ、お箸の使い方など和食の文化を伝える活動を行っているのも、和食の良さを子ども達に伝えたいという想いからだ。
「日本のすばらしい食文化を次世代に伝えていくためにも、これからも気軽に美味しい和食を食べてもらえるようなメニューをお出ししていきたいです」と藤川さんは語る。
鎌倉散歩の途中にお腹が空いたら、遠慮せず『鎌倉 鉢の木』新館にふらりと立ち寄ってみよう。
『鎌倉 鉢の木 新館』店舗詳細
取材・文=岡村朱万里 撮影=岡村武夫