牛肉がとろける、大定番・ビーフシチュー

浅草の裏通りに佇む『ヨシカミ』は、1951(昭和26)年創業、2021年で70年目を迎える老舗だ。建物は1960年に建て替えて以来、今日まで現役。外に並んだ椅子が人気のほどを物語る。

「うますぎて申し訳けないス!」という粋なキャッチコピーが目を引く。

2019年から三代目の社長としてこの店をまとめているのが、吾妻弘章さん。扉を開けると、自宅に招き入れるかのようなこなれた様子で迎えてくれた。高校卒業後18歳で入社し、36年間『ヨシカミ』にいるというから、このお店はもはや“家”のようなものなのかもしれない。

著名人のサインが飾られた店内。チェック柄のテーブルクロスもたまらない。

この日注文したのは、定番かつ人気メニューであるビーフシチュー。かぐわしい湯気を放ちながら現れた、ゴロゴロと大きめなカットの具に滑らかな照りが美しいソースがかかった銀の皿……この姿にわくわくしない人なんているのかしら。

ビーフシチュー2600円。

我こそ主役と言わんばかりに山盛りの牛肉は、スプーンで軽く押さえるだけでホロリとくずれるやわらかさ。肉の産地やブランドにはこだわらず、付き合いの長い肉屋に目利きしてもらっているそう。3時間煮込み、一度冷蔵庫で締めたものをカットし、湯通ししてから使うという手のかけかたを聞くと、このとろける食感も納得だ。

オープンキッチンは古きよき時代の名残

シチューを味わいながら店内を見渡すと、やはり目を引くのはカウンターとその奥の厨房、そこでてきぱきと働くコックの姿だ。洋食屋さんで鍋をふる姿を見られるのはなかなか珍しい。

コックは全部で9人、交代で休憩を取りながらお店をまわしている。

開業時は今より席数も少なかったが、やはりオープンカウンターの店だったという。なにかこだわりがあるのかと吾妻さんに尋ねると、「当時はレジもない時代だし、注文の時にお金の受け渡しをカウンターでやってたんです。酔っぱらったお客さんのお勘定が大変だから、オープンキッチンじゃないとやってられない! ってことだったみたいですよ。昔の八百屋と一緒だよね。もうちょっといい理由があったらいいんだけど」と笑う。

そう、『ヨシカミ』があるのは浅草寺の南西、“浅草六区興行街”エリア。かつて大衆娯楽の中心として名を馳せた地なのだ。

「浅草は、劇場や映画館が立ち並ぶ文化の街であり、キャバレーが集まる夜の街でもあったんです。当時は夜中1時まで営業していて、キャバレー帰りのお客さんであふれかえってた。あの時代は遊び方が今と全く違ったんだよね」

六区ブロードウェイに立つ『浅草演芸ホール』。『ヨシカミ』はすぐそばだ。

テレビの復旧で文化の街としての浅草が廃れ、『ヨシカミ』の客層もすっかり変化。今は観光客が大半だが、外国人のお客さんは全体の1割程度で、圧倒的に日本人が多いという。

「親子3代にわたって利用する方もいらっしゃいますよ。昔の浅草で遊んでいた70代の常連さんが孫を連れてきたりとか。そういうところは、うちの強みですね」

時代が変わり、街が変わっても、変わらないもの

『ヨシカミ』のメニューは、ステーキ、パスタ、ハンバーグ、オムレツ……ニーズに応えて若干入れ替えたものもあるが、基本的には開業時からほとんど変わらない。奇をてらうわけでもなければ独創的でもないけれど、特別感と安心感の絶妙なバランスがあるラインナップだ。

吾妻さん。

2020年春には、新型コロナ感染症対策のため営業を一時自粛したというが、「お店を閉めないでくれって怒られちゃった」と話す吾妻さん。その後、テイクアウト形態で営業を再開した際には、特に宣伝していないにも関わらず注文が殺到したという。そんな逸話も、この店が浅草の街で長く愛されている証拠だろう。

時代が大きく変化するなかで、変わらずに浅草の街を見守ってきた『ヨシカミ』の味には、「美味」や「絶品グルメ」のような呼び名よりも、「ごちそう」という言葉が似合う。それは、浅草六区が栄華を極めた時代の残り香が、この店にはあるからかもしれない。

『ヨシカミ』店舗詳細

取材・文・撮影=中村こより(編集部)