臨場感と熱気にあふれたオープンキッチンはコックたちのステージ

フレンドリーなロゴと「うますぎて申し訳ないス!」という昔ながらのキャッチコピーが目に飛び込んでくる。
フレンドリーなロゴと「うますぎて申し訳ないス!」という昔ながらのキャッチコピーが目に飛び込んでくる。

地下鉄浅草駅から徒歩6分。「浅草演芸ホール」に向かって裏通りを進むと、いっぷく横丁と交差する五差路に『ヨシカミ』はある。

洋食店としての創業は1951年。だがそれ以前の、洋品店や遊戯場、タバコ店と時代のニーズに合わせて形を変えながら浅草の発展を支えてきた過去も含めると、その歴史は100年にもおよぶ。

『ヨシカミ』の店名は、洋品店時代に世話を焼いてくれた人の名にちなんでつけられた。そう語ってくれたのは、三代目社長の吾妻弘章さん。ヨシカワさんやカミヤさんといった恩人の名を合体させたようだが、正確な記録は残っておらず、どう世話になったかも今となってはわからないという。

当の吾妻さんは、高校卒業後に18歳で『ヨシカミ』入社。のちに二代目の愛娘と結婚し、店を盛り上げてきた叩き上げの料理人だ。複数の店でキャリアを積むよりひとつの店に人生を捧げる道を選んだ理由を、「冒険家でも野心家でもないから」。と言うが、結果的に『ヨシカミ』の味を守り、浅草の一時代を語れる生き証人となった。

活気にあふれるオープンキッチン。鮮やかな手さばきでステーキをフランベする様子は、まさにエンターテインメントだ。
活気にあふれるオープンキッチン。鮮やかな手さばきでステーキをフランベする様子は、まさにエンターテインメントだ。

この店の売りのひとつに、オープンキッチンがある。

ソースからドレッシングまですべてが手作り。豊富なメニューの中には、タンシチューやミルクセーキみたいに手のかかる料理もある。そのうえ行列ができるとなれば、つねに厨房はてんやわんやだ。

少人数ではとてもまわせないと、10名のコックが交代でキッチンへ。調理はもちろん接客もこなす。

「調理はパフォーマンス。みんなエンターテインメントだと思って、たのしみながらやってる」。

とは、吾妻さんの言。たしかに、見ているだけでワクワクする光景だ。実際、店内の色彩やオープンキッチンの空気感を目当てに通う常連客も多いという。

醤油ベースのソースとカリッと食感がたまらない、大人気のポークソテー

ポークソテー1550円。
ポークソテー1550円。

『ヨシカミ』といえば、3〜4時間じっくり煮込んだ具だくさんのビーフシチューが有名だが、ポークソテーも不動の人気だ。カリッと焼きあがった豚ロースはやわらかくジューシー。見た目から濃いめの味つけを想像したが、日本人の味覚に合わせた醤油ベースのソースは主張しすぎず適度な甘さと酸味で豚の旨味を絶妙に引き立てている。これぞ洋食屋さんのポークソテーだ。白いごはん好きにはたまらない、おかずのど定番!

素材の産地にこだわりはない。代わりに、季節や調理法に合った食材を厳選する。豚肉だけは埼玉の無菌豚にこだわっているそうだが、ポークソテーのやわらかさは調理法ありきらしい。

組み合わせの自由度の高さも、この店の魅力だ。ポークソテーを注文する人の8割は白いごはんを追加するというが、パスタやヤキメシ、オムライスなどと合わせ、異色のハーモニーをたのしむ人も少なくない。

なにしろ、平日のオープンから午後5時限定でたのしめる「たっぷりランチ」では、ポークソテーにドライカレーがついてくる。ポークソテーは火曜日のランチメニューだが、月曜はビーフシチューとスパゲティー、水曜日はメンチカツとカレーライス、金曜日は一口カツとカニヤキメシという組み合わせ。この豪華なセットにコーンスープとコーヒーまたはアイスクリームがついて1900円というから、チャレンジしなきゃもったいない。

店舗の建て直しが野望だが、 現状維持を望む常連客も多数

3代目社長の吾妻さん。入り口付近に立ち接客していることも多い。
3代目社長の吾妻さん。入り口付近に立ち接客していることも多い。

個人店の集合体として発展してきた浅草は、ある意味ガラパゴス状態。特殊な生態系を維持しながら、時代の荒波を乗り越えてきた街だ。そんな中、吾妻さんは『ヨシカミ』とともに歳を重ね、浅草の変遷を見守ってきた。

「いい時も悪い時もある。でも、先代から店を受け継ぎ、お客様と話す機会が増えてくると、浅草はつくづくいい街だなって思うようになりましたね」。

苦しい時期も必死で粘り続けた。それでも、浅草で仕事をするのは楽しく、また客商売も楽しい。そしてなにより料理が好きだ。

悠然と話す吾妻さんの語調には、よどみがない。

昭和の時代から変わらない店内の雰囲気に癒されるという客も多い。
昭和の時代から変わらない店内の雰囲気に癒されるという客も多い。

今後の野望を聞くと、意外な答えが帰ってきた。

「お店の建て直し!  けが人が出る前になんとかしたい」

これには、近くにいたホールスタッフが一斉に同調する。聞けば、1963年に今の店舗を建てるもまたたく間に人気が集まり、大がかりな改装を施す余裕もなく60年近い年月が過ぎた。気づくとあちらこちらにガタがきていて、厨房の床が抜けることもあるという。

建て直しを先延ばしにする理由の中に、常連客のこだわりがある。

「補修工事で連休にするとお伝えしたら、飛んでくるお客様もいるんですよ。ミュージシャンの細野晴臣さんなどは、窓から見る厨房の風景が大好きだから、カウンターだけは絶対にいじらないでとおっしゃる。だから、建て直したとしても、お店の雰囲気は変えられないんです」。

未曾有の事態に街が沈み、店自体も変化の時を迎えた今、多くの人に支えられている現実を再認識したという吾妻さん。

「料理がうまいのはあたりまえ。人とのつながりがあったからこそ、ここまで長く続けられた。今後もこのご縁を大切にしていきたいですね」。

昔ながらの洋食店『ヨシカミ』の人気の秘密はこのあたりにありそうだ。

構成=フリート 取材・文・撮影=村岡真理子

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浅草寺とその参道である仲見世商店街を中心として東西に広がる浅草。世界的にも有名な観光地であり、一時は日本人よりも海外旅行者の方が目立っていたが、コロナ以後は江戸情緒あふれる“娯楽の殿堂”の風情が復活している。いわゆる下町の代表的繁華街であって浅草寺、雷門、仲見世通り、浅草サンバカーニバルなどの観光地的なイメージや、ホッピー通り、初音小路のような昼間から飲める飲んべえの町としてとらえている人も多いだろう。また、和・洋問わず高級・庶民派ともに食の名店も集中するエリアだ。