鴨を丸ごと食べ尽くす

『あさだけ』でいま、人気のメニューが、時期限定の鴨南蛮だ。通常は限定メニューは記事で取り上げないのだが、暖かくなるまではやるそうだし、なによりインパクトがすごいので、ぜひ紹介をさせてほしい。

とにかく鴨ぎっしりの鴨南蛮そばは1700円。
とにかく鴨ぎっしりの鴨南蛮そばは1700円。

てんこ盛りの具に目を奪われるが、なにより特徴的なのがツユだ。鴨の風味がするどころではない、まさに鴨丸ごとのうまさ。ツユをひと口飲めば、骨太なうまみの奥に甘みに渋味に苦味……そこに野性味のある脂感も加わり、口中、いや体中が鴨に満たされていく。

鴨ダシベースのこのツユがすごい。
鴨ダシベースのこのツユがすごい。

あまりに強烈なこのツユ、鴨の内蔵以外、肉も頭もガラももみじも、すべてを水だけで煮出したダシが使われている。しかも血合いや余分な脂を取ることも、煮ている間にアクを取ることもしない。鴨丸ごとがツユに注ぎ込まれているというわけだ。強烈にうまいのも当たり前だろう。厚く切られた鴨肉のグリルやごろごろの鴨つくねなど、具材も素晴らしくおいしいが、このツユの前では、少し霞んでしまう。ちなみに1羽あたり、とれるダシが5杯ぶん。ずいぶんと贅沢なそばなのだ。

注文を受けてから焼く鴨肉。当然、時間はかかります。
注文を受けてから焼く鴨肉。当然、時間はかかります。

もともと鴨南蛮を作る際、他の立ち食いそば店のそばを食べてみて、そばに鴨肉をのせただけなことに疑問を持ったという。要するにこれは「そばを食べるための鴨肉」ではないかと。それなら「鴨を食べるためのそば」を作ってみようと考えたのが、始まりだったという。発想がそば屋のそれと、ぜんぜん違うのだ。

立ち食いそばを始めたわけ

そして、こんなそばを出している店がどんなところかというと、こんな感じ。

誰もそば屋だとは気づかない。
誰もそば屋だとは気づかない。

もともと錦糸町で営業していたのだが、現在は『居酒屋焼き鳥 似鳥 -NITADORI-』での間借り営業。店名通りに「朝だけ」開いていて、そば屋だとわかる看板は出ておらず、表に「どうも」というボードが出ていれば「営業中」ということ。なんとも個性的。店主の籾山元洋(もみやまゆきひろ)さんの経歴を聞いてみると、こういう形になった理由が少しわかってきた。

営業情報はXで確認を。(@tachiguiasadake)
営業情報はXで確認を。(@tachiguiasadake)

飲食の仕事が好きで、20代の頃から飲食店で働いてきた籾山さんだが、5年間ほど、地方営業の仕事をしていた時期がある。全国を飛び回る中、各地方のさまざまな料理を食べ、それまで以上に食材への意識が高まることになった。その後、再び飲食業へ戻ることに。そこがジビエや珍しい食材を扱う店で、なおかつ籾山さんは商品開発を手掛けていた。鴨を丸ごと煮たり、聞き慣れない食材の天ぷらを作ったりする感性のベースは、このへんにあったようだ。

店主の籾山さん。マニアックな話が止まりません。
店主の籾山さん。マニアックな話が止まりません。

その後、働いていた店の支店が営業をやめることになり、テナントの契約が切れるまでの間、そこで立ち食いそば店を始める。これが錦糸町『あさだけ』だ。店はパブや飲み屋が集まるエリアにあり、開店当初の狙いは、早朝、飲食店の従業員が仕事終わりに一杯飲んでそばで締める需要を狙っていた。メニューは肉そばをメインにし、手間やコスト的な面から天ぷら類は出さなかった。しかし、熱心な客からかき揚げをリクエストされ、天ぷらを作るようになる。

錦糸町時代の店舗。
錦糸町時代の店舗。

だが、作り始めたものの、もともと回転が悪いこともあり、天ぷらは儲けが出にくい。そこで目をつけたのが未利用魚だ。未利用魚とは十分においしいにも関わらず、サイズや知名度の低さなどにより、安く売られていたり市場に出回らない魚介類のこと。営業マン時代にさまざまな地域の食材を食べて得た知識が、ここで生きた。

錦糸町時代のチャーシューそばにタコのアタマ天。アタマは柔らかで美味。
錦糸町時代のチャーシューそばにタコのアタマ天。アタマは柔らかで美味。

タコの足ではなく頭を使ったタコアタマ天、スルメやムラサキイカではなく深海に生息するドスイカを使った天ぷらなど。耳慣れない食材だが、これがかなりおいしいのだ。ちなみにドスイカはワタでパテを作り、そばに乗せるということもやっていた。

発想がそば屋ではない

そして1年弱ほどで錦糸町の店を閉じ、籾山さんは独立する形で大島『あさだけ』を2026年の9月に再開。その独創的なメニューは変わらないどころか、ますます加速している。

たとえば、大島で始めたカレー南蛮。この作り方がおもしろい。普通のそばを出す際に余ってしまうネギの青い部分をミキサーにかけ、スパイスと合わせてカレーソースを作っているのだ。籾山さんは「もったいないし、タマネギの代わりにと思って」と言っているが、タマネギよりも甘みが少ないためか、濃厚でありながらスッキリしたおいしさに仕上がっている。仕込みは大変そうだが、余った材料なのでコスト的にも合格だ。

カレー南蛮850円。濃い見た目だが、そこまでではない。
カレー南蛮850円。濃い見た目だが、そこまでではない。

変わった食材を使っているのは、他店との差別化という狙いもあるという。しかし、普通に考えたら、天ぷらを大きくするとか肉を山盛りにするとか、ツユをカツオ以外のダシを前に出して作るとか、そんなところで差別化するだろう。天ぷらにせよ鴨南蛮にせよ、工夫をするというのはわかるのだが、その工夫の仕方が振り切っている。鴨南蛮を工夫しようとして、鴨を丸ごと煮てダシをとるとは、普通は考えない。普通のそばの文脈とは違うところから発想しているのが、おもしろいのだ。仕入れが安定しているわけではないので杯数が限られ、品切れになったり、価格が変更したりするが、その熱意は十分に伝わってくる。

長いなす天300円。とろとろで甘くカレーに合う。
長いなす天300円。とろとろで甘くカレーに合う。

結果、店には熱心なファンがつき、高価格のそばでも喜んで食べてもらえている。天ぷらを2個頼む客も多いそうで、短い営業時間ながらも利益はちゃんと出ているという。なんだかんだ、商売的にもうまくいっているのだ。

ワンオペで一杯ずつ丁寧に作るので、時間はかかってしまう。混雑時はかなり遅くなることもあるが、待つ価値はある。
ワンオペで一杯ずつ丁寧に作るので、時間はかかってしまう。混雑時はかなり遅くなることもあるが、待つ価値はある。

今後を聞くと、そばの生麺化や、ダシに高級な本枯節(ほんかれぶし)をプラスすることを考えているという。また、資金が貯まれば、間借りではなく自分の店を持ちたいともいう。ここはまっとうなそば屋らしい展開だ。とはいえ『あさだけ』のことだ。それらもきっと、おもしろいことになるような気がする。

住所:東京都江東区大島4-8-13 稲葉ビル2F ※『居酒屋焼き鳥 似鳥 -NITADORI-』の間借り/営業時間:6:00~9:30(土・日・祝は~9:00)/定休日:無/アクセス:地下鉄新宿線大島駅から徒歩3分

取材・撮影・文=本橋隆司