今回の“会いに行きたい!”
四万温泉『四万やまぐち館』女将の田村久美子さん
自家源泉は“グリコのおまけ”「ほしい未来」を引き寄せる
グルコサミンのCMで、着物姿の旅館の女将が階段を軽やかに駆け上がる——。今から18年前の2008年、よく見たテレビCMに出ていたのが、『四万やまぐち館』の女将・田村久美子さん。
「私、呼ぶ力があるんです。お友だちから聞いた話では、それは“引き寄せの法則”って言うんですって!」
テレビを見ながら「私にやらせてくれないかしら?」とふと思った3日後に、その会社から出演オファーがあったのだという。
引き寄せたCMは60歳から5年間続き、『四万やまぐち館』の宣伝効果が大いにありました」と笑う。考えたことが叶うのは、人生でよくあったと振り返る。
久美子さんは県内の名湯、伊香保温泉で生まれた。実家はのちに旅館を開業。伊香保で源泉をもつ宿は希少で、両親が苦労しながら切り盛りする姿を間近で見て育ったため、中学生の頃から「嫁ぐなら絶対、源泉をもつ宿がいい」と心に決めていた。
年頃になり、出入りのふとん屋さんから「いい人がいますよ」と紹介されたのが、『四万やまぐち館』の跡取り息子である亮一さんだった。服装は奇抜で、花柄のネクタイに赤いカフスボタン、革の長いコートを羽織り、サングラスをかけていたという。
「目立ちたがりだけれど、人柄はいい。自然に囲まれた環境で育った人が悪く育つはずがない」と思った。
「源泉という“グリコのおまけ”がほしくて結婚したのですが、結果は大正解。キャラメルみたいに食べたらおいしかったんです」とにっこり。
当時の四万温泉は道路も舗装されていない鄙びた湯治場で、客室は鍵がなく、襖で仕切られているだけ。伊香保と四万では勝手がだいぶ違い、初めて経験することばかりだった。
「番頭さん、女中さんという呼び方も生きていましたし、こたつや火鉢には炭を入れていました。冬は寒いのが当たり前だから、お客様も文句を言いませんでしたね」
中2階の「トンネル廊下」にある3畳ほどの客室が人気で、執筆のためにこの部屋に籠もる人もいた。「元総理大臣の小渕恵三さんが、勉強のために滞在したこともあるんですよ」と思い出を語る。
自らを“自由人”と評する女将は、子育ても自由にした。
「石垣の飛び降り方を教えたり、川の中に耳を入れて、カジカガエルの声を聞こうとしたり……。『変わっている』と、後ろ指をさされようが構いません。だって、子どもにはカジカガエルの声をいっぱい聞かせてあげたいもの(笑)」
何ごとにも前のめりに取り組む女将の噂はやがて役所にも届き、「子どもの育て方」をテーマにした講演依頼が来るようになった。
「売れる」と信じて開発した「くみ子石鹸」
昭和55年(1980)、32歳のとき、宿は木造3階建てから鉄筋7階建てに全面リニューアルをして、新生『四万やまぐち館』として生まれ変わる。
同館は約350年前、延宝年間(1673~1681)の創業。鉄筋コンクリートへの建て替えは「湯治場の風情を壊す」「3年で潰れる」と周囲からは散々言われた。
「誰もがダメだろうと言っていたけれど、売り上げは10年間で10倍になりました。『四万やまぐち館』の奇跡だと思っています」
40歳のときに常連客の発案で、女将のファンクラブ「くみこてまり会」を発足させた。特典はコーヒーサービスのみだったが、女性会員は5700人を数えた。
42歳のとき、「自分の名前をつけた石鹸を作ってみよう」と思い立ち、薬草を練り込んだ「くみ子石鹸」を開発。化粧品業者からは「山の中では絶対に売れないから、やめたほうがいい」と言われたが、「嫁いだときにニキビだらけだった肌がきれいになった」という自身の体験を武器に、商品のよさをアピールした。
45歳のときに源泉水に植物や果物のエキスを配合した化粧水を発売。その後もクリーム、美容液、クレンジングとラインナップを広げ、ロゴ入りの割烹着や化粧ポーチなども販売した。企画力のあるアイドルのような動き方だ。
当時、一般的な旅館で売店の一人あたりの平均売り上げは1500円ほどだったが、『四万やまぐち館』では3500円を超えた。
「1985年から2013年頃まで好調で、売店だけで年2億円以上を売り上げた年もありました。温泉まんじゅう並みにヒットしましたね」
コロナ禍後は化粧水とクレンジングのみに縮小したが、ロングセラーの化粧品は、今も愛用者が多い。
自分を愛し、人をほめる女将の貫く「幸福論」
78歳になった今も、夜7時から「女将の紙芝居」を続けている。涼やかな声と感情豊かな語り口に、童話や昔話の世界へと引き込まれる。
「最初は子ども連れのお客様が、ゆっくり食事をとれるように始めたんです。そのうち大人の方々が見るようになり、30年以上続いています」
ゲストに紙芝居サービスを続ける根気強さは保ちながらも、体力的には衰えを感じる日々だという。
「60代の時は70段の階段を走って上れた」というが、70代後半で圧迫骨折を経験し、正座ができなくなる現実に直面した。
「年をとることをこうやって思い知らされていくのね」と、今はペースを落とし、紙芝居の時間に集中してゲストと向き合っている。
『四万やまぐち館』には「南無妙法蓮華経」を岩に刻んだ「お題目大露天風呂」がある。毎月お坊さんがお経を唱え、湯の恵みに感謝する。帳場の神棚の前でゲストの道中の無事を祈る。神仏に感謝しつつ、「ツイてる」「運がいい」と自らにもエールを送る。
「私ってすごいと思うと、本当にすごい私ができあがるから、誰もがうぬぼれたほうがいいと思うんです」と久美子さん。夫も息子も嫁も常にほめまくり、関係は良好だ。
夫の亮一さんは「久美子がやることは当たる」「久美子がいれば大丈夫」と、全幅の信頼を寄せている。
「宿屋は大変だという人もいるけれど、私にとってはなんでも叶う、打ち出の小槌でした」
2年前に代替わりして、息子夫婦へとバトンが渡された。
「しっかり者の若女将・彩乃は『お母さん、頑張って出続けてくださいね』と言ってくれる。嫁のおかげで紙芝居を続けられています」。そう言って、観音様のような柔和な表情を浮かべた。
おすすめ立ち寄りスポット
『まるみや みやげ&カフェ』。四万温泉土産を買うならココ
“四万ブルー”をイメージした小皿やマグカップなど、四万温泉らしい名産品がそろう土産物店。奥にはカフェが併設され、散策途中の休憩にも最適。
『四万温泉 くれない』。源泉で蒸したふっくらうなぎ
昼は食事処を営業、夜は全6室の料理旅館で宿泊もできる。源泉で蒸し、炭火で焼いた名物の湯むしうな重3980円は、ふっくらジューシー。
取材・文・撮影=野添ちかこ
『旅の手帖』2026年10月号より









