アクセス
鉄道:JR・私鉄・地下鉄新宿駅からJR中央本線利用で約1時間20分の上野原駅下車。同駅から中心市街地循環バスが運行(平日のみ)。
車:中央自動車道八王子ICから同道を利用し上野原ICまで約25km。同ICから上野原市中心部まで約2km。市域西部へは談合坂スマートICも利用可。
旅館跡を地域と移住者をつなぐ拠点に。コミュニティ&コワーキングスペース『見晴亭』
JR上野原駅北口の目の前、急な石段の先にある旅館跡を再利用した交流拠点。「子育てを機に都内からUターンしたところ、地域の人と移住者がつながる場の必要性を感じ、市にも働きかけ、2022年にこの場を立ち上げました」と地元出身で代表の小俣卓充さん。1階は研修や習い事に便利なコミュニティスペースのほか、ミーティングルームとテイクアウト用のシェアキッチン、2階には客室を活用したレンタルオフィスと、予約不要で眺めのよいコワーキングスペースがある。「水曜午前中は無料開放しているので、気軽にのぞいてください」と小俣さん。人と人との縁をつなぐイベントも企画するなど、活性化に向けた取り組みは尽きない。
成長の芽を摘まず、子供の能力を信じる『こども園 仁(じん)』
「大人の都合ではなく、子供を真ん中に、自然や地域から学び、多様なまなざしを養うなど、暮らしを中心とした保育を目指しています」と園長の梶原由美子さん。都内の園で長く保育に携わる一方、やりづらさも感じるなか、「自分が生まれ育った上野原での暮らしに、乳幼児にとって大切な川や里山などの自然があるじゃない」と気づき、2023年に開園。異年齢保育や自然体験などを通じ、子供の学びや集団での振る舞いを、経験を積んだスタッフともども温かく見守っている。「目に見えないものを育てていますが、成長した子供たちがいずれ答えを出してくれるのを信じ、今は種まきをしています」と笑顔で語る梶原さん。育児に不安を感じる保護者への気遣いも忘れないよう日々心がけているという。
旧幼稚園を大幅改修し、森の中の映画館が誕生『CineYama(シネヤマ)』
「自然の豊かさ、本物のコミュニティー、東京と適度な距離を保ちながらも独自のアイデンティティーを持つ場所。上野原はそのすべてに当てはまりました」とアメリカ・デトロイト出身のマシュー・ケルソンさん。長く映像関連の仕事に携わり、Netflixの社員として2020年に来日後、空間のある暮らしを求めて翌年上野原市へ移住。家族を温かく迎え入れてくれた地域の人との出会いも大きかったという。退職後は閉園した幼稚園を知人らと改修し、今年3月に43席のミニシアターとしてオープン。「山の頂に立つと眼下の世界が新しい光の中に見えてくるように、『CineYama』を訪れた人がより高い場所から何かを見て帰る、頂上のような場所にしたい」とマシューさん。上映作品にもそんな世界観が反映されている。
五大栄養素を豊富に含むキヌアを栽培・提供『キヌアキッチン』
地域おこし協力隊員として上野原市でキヌアの自然栽培に5年間従事した吉野艶子(つやこ)さん。その後、オーガニック農産物の生産・販売を手掛ける「みつばち農場」を立ち上げ、2025年にはデイサービスセンター「けやき横丁」内のカフェスペースに『キヌアキッチン』を開業。週替わりのワンプレートメニューにはキヌアを用いた料理のほか、畑で採れた季節の野菜が彩りを添える。
地元の特産品や郷土料理を幅広く扱う『ふるさと長寿館』
山あいにある長寿の里・棡原(ゆずりはら)地区の拠点。売店には近隣農家が持ち寄った農作物や上野原名物の酒まんじゅうなどが並び、食堂では「おふくろ定食」「むぎとろ定食」(いずれも1050円)などを提供。かつてジャガイモ栽培でこの地を飢饉(ききん)から救った代官・中井清太夫(せいだゆう)にちなんだ「せいだもち」や「せいだのたまじ」は味噌味の素朴な郷土料理だ。
通りすがりでは気づかない、知られざる奥深さとは
「まだ、知らないだけ上野原。」
JR上野原駅の北口と南口をつなぐ連絡通路を歩いていると、居並ぶ観光用ポスターに添えられたキャッチフレーズに思わず目が留まった。都内西部で暮らす私自身、山梨県最東端に位置する上野原市の存在を知らないわけではない。しかし、考えてみたら、鉄道であれ車であれ、これまでは遠出の際に通り過ぎるだけで、あえて目的地として足を運んだ記憶がないことに今さらながら気づいた。「なるほど、自分もまだ知らないだけなのかも」と気に留めながら駅を離れた。
『見晴亭』のある上野原駅北口一帯は見上げるかのような急傾斜地で、車の通れない石段を徒歩で行き来する乗降客を数多く見かける。この地形を生んだのが市の中央部を西から東へと流れ下る桂川だ。市街地と南部の秋山地区を結ぶ桂川橋に立つと、おだやかな水面に釣り糸を垂らす人の姿があちらこちらにあった。背後に迫る山並みは里山と呼ぶには急峻(きゅうしゅん)な地形で、こちらも桂川の流れが気の遠くなるような歳月をかけて生み出した景観なのだろうか。
市域は南北に細長く、甲州街道の北側には、棡原(ゆずりはら)や西原(さいはら)といった山あいの地区もあるそう。「まだ知らない」どころか「車で立ち寄ったことのある談合坂(だんごうざか)サービスエリア以外、何も知らない」自分を思い知った次第である。
熱き思いがヒシヒシ伝わる、市の手厚い移住支援体制
知らないことだらけで恐縮だが、甲府駅、大月駅に次いで、上野原駅の乗降客数は県内3番目の多さとか。「都心まで電車で約1時間で行けるので、自然豊かな上野原市へ移住し、座って通勤する住民も多いんですよ」と教えてくれたのは、市役所で移住支援事業に積極的に取り組む政策秘書課政策担当の方々だ。
主な業務は地域住民と移住希望者の橋渡しをする「空き家・空き店舗バンク」事業で、日頃から各地区を巡って交流を深め、動画や回覧板などを通じての情報発信にも努めている。要件付きではあるが、空き物件を対象としたリフォーム補助金制度が設けられていたり、移住者向けの支援金や住宅取得補助金も制度化されているなど、市を挙げての積極的な姿勢がうかがえる。移住者と地域住民の交流イベントを開催するなど、移住後のフォローにも気を配っているそうだ。
もちろん通勤の利便性だけでなく、自然や人の温かさに触れ、趣味の世界をより広げたり、農業に従事したり、ゆったりとした環境で子育てを行うなど意向はそれぞれで、多様なニーズを受け入れる懐の深さにも感心する。
そんな面々も顔を出す喫茶店『ハシドイ』の店主・水越彩荷(あやか)さんに教わり、興味津々で訪れたのが『CineYama』だ。狭い坂道を抜けた先に忽然(こつぜん)と現れた映画館は木々に囲まれ、異空間に迷い込んだかのよう。観賞したのは夕刻の子供向け短編アニメだったが、暗闇で作品に向き合う映画館特有の感覚がたまらない。終映後、マシューさんに会釈してから外へ出ると、いつもなら街の喧騒(けんそう)が押し寄せ、現実に引き戻されるところだが、非日常の時間が続いている。「まだ知らないことがたくさんあるんだなあ」とつぶやきながら、闇に包まれ始めた坂道を下っていった。
【耳よりTOPIC】移住者紹介インタビュー動画を配信
政策秘書課政策担当の職員が中心となり、2021年度から移住者紹介インタービューの動画配信を手掛けるのがYouTubeチャンネル「めためたUENOHARA」だ。職業も年齢も家族構成も異なる移住者の方々が、いかにして上野原市へ移り住んだのか。移住を考える読者にとっても大いに参考となる生の声が随所に散りばめられている。
取材・文・撮影=横井広海
『散歩の達人』2026年8月号より







