徳島市ってどんなところ?

「車の運転のマナーがめちゃくちゃ悪い町ですよ」と笑う、『SANCHA FUKAMI』の店主・深見正人さん。出身地である徳島市についての話は少々手厳しい言葉から始まったが、東京に憧れた地方出身者が地元のことを語るときにはありがちな話だ。

言うまでもないが、徳島市は徳島県の県庁所在地で、県内最大の都市。人口は約24万人、県内を西から東に流れる吉野川の河口に位置し、城下町として栄えた歴史を持つ。有名な文化といえば、なんといっても阿波踊り。徳島が発祥の伝統芸能で、毎年8月に開催される、いわば盆踊り。400年以上の歴史がある。

「阿波踊りは小学校の授業で習いましたし、あたりまえのように観に行ってました」と深見さん。

『SANCHA FUKAMI』の店内にもポスターが。
『SANCHA FUKAMI』の店内にもポスターが。

徳島といえばすだちを思い浮かべる方も多いかもしれない。徳島人はなんでもかんでもすだちの搾り汁をかけるとよく言われるが、深見さんにとってもそれはあたりまえで、徳島にいた頃はローカルなものだという認識もなかったとか。「本当に何にでもかけますよ。焼き魚にも、肉の塩焼きにも、刺し身にもかけます」。

店内のテーブルには、すだちとんがらしも当然のように常備。
店内のテーブルには、すだちとんがらしも当然のように常備。
徳島県産すだちのすだちサワー638円。
徳島県産すだちのすだちサワー638円。

地理的に近いこともあり、就職や進学では近畿地方に出る人も多いようだが、深見さんは子供の頃から東京に出たくて仕方がなかったとか。

「今でこそいろんなお店ができて充実してきたのですが、当時は本当になんもなかったんです。服を買うにしたって困るくらいで……鉄道も、電車ではなく汽車でしたけど、1時間に1本や2本しか来ないから1本逃すと遅刻でした」

鉄道が電化されていない地方では、ディーゼル車(気動車)も「汽車」と呼んだり、なんなら電化してからも頑なに「汽車」と呼んだりするのはよくある話。しかし、徳島県は実際に今も「電車」が走っていない全国で唯一の都道府県なのだ。

「東京に出ることには特に抵抗もなく、楽しみで仕方なかったです」と深見さんは振り返る。

子供の頃からずっと好きだった料理の道へ

高校卒業後に念願の上京を果たし、最初は千駄ヶ谷に住んでいたという羨ましい東京生活をスタートさせた深見さん。「東京では、自販機で売ってるジュースまでなんだか特別に見えました。徳島の自販機とあんまり変わらないはずなんですけどね」と笑う。

高校生の時にファッションに興味を持ったことから、東京では服飾関係の学校に進学。しかし、もう一つの好きなことが忘れられなかった。それが料理だ。

「子供の頃からめちゃくちゃ料理が好きで、家族のごはんもよく作っていたんです。料理番組とか料理漫画もよく見ていました。洋服の学校に通っていたけど、やっぱり違うな、と思って」

学校を中退して一度徳島に帰り、改めて上京して今度は飲食業の道へ。調理師学校にも通って調理師免許を取り、イタリアンや中華など複数のジャンルで経験を積んだ。30歳で独立することを目標にしていたそうで、物件探しに時間がかかったものの31歳でしっかりと夢を叶え、この『SANCHA FUKAMI』をオープンした。それが2009年のことだ。

店は茶沢通りから1本入った脇道で、烏山川緑道のそば。
店は茶沢通りから1本入った脇道で、烏山川緑道のそば。

「お店の場所は裏通りにしたくて、そういう物件を探していて見つけたのがここでした。駅前や表通りではない方がかっこいいと思って。でも、実際は人通りが少ないので、最初はお客さんを呼ぶのがすごく大変で。次に出すときは絶対に裏通りにはしません」

オープン当初から徳島の味をコンセプトにしており、特に当時営業していたランチでは徳島ラーメンも提供、そのクオリティが評判になった。「本も読み漁って、どうしたらおいしくなるか四六時中考えてました」という言葉からも、深見さんの料理好きっぷりが伝わってくる。

年月が経つにつれて、メニューの徳島色はさらに強くなった。現在は、徳島産トマトを使った冷やしトマトから、半田そうめん、地酒の酒粕を使った酒粕クリームチーズなど、徳島県産食材や地域のソウルフードが目白押し。特に、徳島地鶏「阿波尾鶏」のメニューは豊富で、唐揚げや低温調理したレバ刺しやハツ刺しなどのランアップがずらりと並ぶ。

徳島地鶏 阿波尾鶏の手羽先パリパリ揚げ780円。
徳島地鶏 阿波尾鶏の手羽先パリパリ揚げ780円。

阿波尾鶏の手羽先パリパリ揚げは当然、添えられたすだちの搾り汁をたっぷりとかけていただく。かぶりつくとじゅわっと肉汁が染み出し、岩塩とコショウのシンプルな味つけで肉のうまみがより際立つ。

また、メニュー表に「徳島では一家にひとつ」と書き添えられた大野のりも。黒々とした色が美しく、味濃いめの味付けのりで、店内にはこののりのボトルがずらりと並んでいる。

大野のり580円。ボトルごとの提供(1500円)もある。
大野のり580円。ボトルごとの提供(1500円)もある。

また、深見さんが東京で感じたカルチャーショックの一つが「カツ」。「カツといえばトンカツのことを言うのが一般的だと思うんですが、徳島ではカツといえばフィッシュカツのことなんですよ」。

徳島のソウルフードの一つ・フィッシュカツは、白身魚のすり身にカレー粉などを加えパン粉をつけて揚げたもの。この店で出しているのは、徳島近海のタチウオ、エソ、イトヨリダイなど白身魚のすり身を使ったもので、徳島の家庭御用達・ヒカリのウスターソースをつけて食べる。ビッグカツという駄菓子があるが、あれのとんでもなく贅沢版みたいな味わいでなんだかクセになる。そして、とにかく酒がよく進むのだ。

フィッシュカツ780円とヒカリのウスターソース。
フィッシュカツ780円とヒカリのウスターソース。

「はやく出たかった」地元を今、再発見

『SANCHA FUKAMI』は徳島の料理を出していることで知られてはいるものの、店名などで全面に出しているわけではない。そのためか、店には徳島出身の人や徳島の味を目当てに訪れる人ももちろんいるが、案外そうではない人も多いのだとか。

「この店をきっかけに徳島に興味を持ってくれる方がいるのがうれしいですね。実際に徳島に旅行に行ったという人も結構いらっしゃるんですよ」というから驚きだ。徳島は、他の都道府県に比べてその魅力に触れる機会が少ないのかもしれないが、『SANCHA FUKAMI』はまさにその役割を担っているといえるだろう。

店内には、徳島県のマスコットキャラクター・すだちくんの姿も!
店内には、徳島県のマスコットキャラクター・すだちくんの姿も!

「若いときは早く出たかったけど、歳をとると地元がすごくいいところなんだなということにも気づきました。だんだんよさが分かってきて、いずれは帰りたいなとも思っています」

店のオープンから20年近く、料理を通して徳島の魅力を伝えてきた深見さん。その時間は、深見さん自身が地元を再発見することにもつながっていたのかもしれない。

住所:東京都世田谷区太子堂3-14-8/営業時間:18:00〜24:00(金は〜翌2:00、土は17:00〜翌2:00、日は13:00〜17:00)/定休日:無/アクセス:東急電鉄田園都市線・世田谷線三軒茶屋駅から徒歩6分

取材・文・撮影=中村こより