【九谷焼】深く鮮やかな「五彩」が器に物語を映し出す
石川県を代表する伝統工芸、九谷焼。その金沢唯一の窯元が、にし茶屋街からほど近い住宅街に佇む。
明治3年(1870)に小松市で創業した『九谷光仙窯』は大正時代に金沢へ移り、以来150年以上、窯の火を絶やさず守り続けてきた。分業が主流の九谷焼において、成形から上絵付まで一貫して手がけ、国内外での受賞も多数。
皇室ご来駕(らいが)の折には御前(ごぜん)制作も行い、確かな技術をもつ名窯として知られる。
九谷焼の特徴は「五彩(ごさい)」と呼ばれる緑、黄、赤、紫、紺青の5色で施す絵付。立体的な器に和絵具を塗り重ねることで、奥行きと迫力が生まれる。だが、5代目の利岡(としおか)光一郎さんは「感じ方は人それぞれで自由」と、魅力を声高には語らない。
根底にあるのは、使い手に寄り添うものづくりだ。「もう少し大きいものがほしい」など、訪れる客の声に丁寧に耳を傾け形にし、進化を続けてきた。「全工程をここで完結させているので、ニーズに合わせ柔軟に対応できるのは大きな強み」と利岡さん。
九谷焼の未来を問うと「本物だけが残る」と、静かな自信を感じる言葉が。華やかさの裏にある、ひたむきで誠実な手仕事。一生ものとして愛したくなる価値が伝わってきた。
茶碗やカップを選んで自分だけの一点を!
『九谷焼窯元 九谷光仙窯』店舗詳細
【加賀水引】心を込めた結びに宿る、想いのかたち
結婚や結納などの人生の節目に寄り添う伝統工芸、水引。その歴史に革新をもたらしたのが、大正6年(1917)創業の『津田水引折型(おりかた)』だ。
初代・津田左右吉(そうきち)は平面的だった水引を立体造形へと発展させ、「加賀水引」として全国に知らしめた。羽を広げた鶴の躍動感、こまやかな鯛の鱗などを表現する技は、豪華絢爛で格調高く、贈答の場に格別の彩りを添えてきた。
一方、水引は「ハレの日だけのもの」という印象も強い。その固定観念を覆したいと、5代目の津田六佑(ろくすけ)さんと妻の沙樹さんが2019年に始動したのが、アクセサリーブランド「knot(ノット)」だ。
熟練技が光る結びをあしらったミニマルなデザインは、水引の新たな魅力を引き出す。さらに、お札を贈る包装として再定義した祝儀袋ブランド「wrap(ラップ)」も考案するなど、挑戦は止まらない。
「美しさに心が躍り、言葉を介さず気持ちを伝えられる。その水引の本質さえ崩さなければ、形にはとらわれない。伝統を守るためにこそ変わる必要がある」と沙樹さん。
「ここぞというときは津田さんで」と語る常連客の言葉には、揺るぎない信頼がにじむ。水引は人と人との縁をより強く、美しく結び直す存在なのだ。
『加賀水引 津田水引折型』店舗詳細
【加賀てまり】一針ごとに生まれる、幾何学の宇宙
金沢市の中心部、尾山神社そばにある『毬屋(まりや)』は、全国でも珍しいてまりの専門店。江戸時代、徳川家康の孫・珠姫が前田家へ嫁ぐ際に持ち込んだてまりをルーツに、独自の発展を遂げたのが加賀てまりだ。
菊や桜、加賀八幡起き上がりなど、自然や文化を反映した多彩な柄にうっとり見とれる。振ると心地よい音が鳴り「よく鳴る」と「よくなる」をかけ、よい変化をもたらすという縁起物だ。金沢では娘が嫁ぐ際、幸せを願い持たせる風習も残る。
てまり作家の小出隆さんは、母であり第一人者の孝子さんの背中を追い、この道へ。
「幾何学模様の美しさが魅力。球体の上で図形が組み合わさり、模様ができていくおもしろさがある」。近年は従来使われなかった黒を基調とした作品や、うず潮をイメージした柄など新たな表現にもチャレンジ。
「一つ作ると、次はこうしようとアイデアが無限に湧いてくる」と、創作意欲は尽きない。
「ふと眺めたとき、心が安らぐ存在であってほしい」と小出さん。気軽に日常に取り入れてほしいと考案した、針山やストラップも人気を集める。宇宙を思わせる丸いかたちが秘めるのは、大切な人の幸せを願う温かな気持ちと手仕事の美意識だ。
『加賀てまり 毬屋』店舗詳細
【金沢桐工芸】桐の質感とぬくもりが生む、心地よい豊かさ
工芸の魅力は華やかさだけではない。日常使いで機能的な「用の美」を体現しているのが、大正2年(1913)創業、金沢桐工芸の『岩本清商店』だ。
最大の特徴は黒い焼き肌。木目が浮かび上がり、しっとりとした質感で、見た目の重厚さとは裏腹に驚くほど軽い。
かつては火鉢が主力だったが、2004年に5代目の岩本匡史(ただし)さんと姉の歩弓さん、パートナーの内田健介さんが家業を継いだことが転機に。
「現代の生活様式に合わないものではなく、自分で使いたいと思えるものを」。そんな等身大の視点から生まれたのが、ヒット作「ちょこっとトレー」だ。コースターとトレーを一体化させるシンプルな発想で、ささやかな余白時間を提案した。
「引き立て役ですね。のせるとおいしそうに見える。主張しすぎないのがいい」と内田さん。使い込むほど色は淡くなりツヤが増す。無地のものは焼き直しも可能で長く愛用でき、時を重ねるほどになじんでいく。
コーヒー周りの道具や卓上用火鉢など、「あったらいいな」を実現した新作も次々発表。新作の構想を絶えず練りながら、伝統を手に取りたくなるものへ。木のぬくもりを宿す品々には、しなやかな哲学が息づいている。
『金沢桐工芸 岩本清商店』店舗詳細
取材・文=酒井恭子 撮影=村 涼太(九谷焼、加賀水引)、西出光一郎(加賀てまり)、西鍛冶あや(金沢桐工芸)
『旅の手帖』2026年6月号より
※商品の価格は2026年4月21日時点のものです。予告なく変更になる場合があります。







