乗船場のある横十間川へと急ぐ
ここで告白しなければならない。当日、私は乗船場所を勘違いし、約束の時間に遅刻してしまった。和船友の会は、毎年春に開催される「お江戸深川さくらまつり」の期間に限って門前仲町駅にほど近い大横川沿いの黒船橋乗船場を拠点にして船を出しているのだが、私は誤ってそちらに向かってしまったのだった。
その期間以外は、横十間川親水公園の海辺乗船場という場所で乗船することができる。30分も遅れてやっと到着した私を、和船友の会のみなさんが「『散歩の達人』が道を間違っちゃあ、いけねぇな」と笑って許してくださった。すみませんでした!
ちなみに私は東京で育ったのだが、実家が隅田川沿いにあり、川が近くにある暮らしを当たり前のように感じて生きてきた(大阪の今の住まいも川の近くにある)。取材当日も実家近くから隅田川沿いの遊歩道を歩き、隅田川と大横川の合流地点から門前仲町の方へと歩いた。
自分の勘違いに気づいて焦り、門前仲町駅から東陽町駅へと地下鉄で移動する。そこから15分ほど歩いたのだが、私は学生時代に東陽町駅近くの牛丼チェーン店でバイトをしていたことがあって、その店舗の前を通って懐かしさがこみ上げた。
24時間営業の店舗だったのに私が米を炊き忘れて(深夜でワンオペだった)少しの間、店を閉めなければならなくなった。怒られたな……あの時。そして今、その店の前を、遅刻して小走りで通り過ぎる。成長のない自分が情けない。
また、東陽町には友人の住む団地があり、そこに遊びに行ったついでに横十間川親水公園を歩いた記憶もあるのだが、和船に乗れるなんて知らなかったな……と、そんなことを考えながら歩いていると、ようやく乗船場に近づいてきた。
急ぐ私の横をすーっと滑るように和船が進んでいく。船の後ろの方に船頭さんが立ち、船尾に取り付けられた櫓(ろ)を漕いでいる。
川沿いにある海辺乗船場には和船友の会の拠点となる建物があり、会員の方たちが和やかに談笑していた。乗船希望者は受け付けで住所氏名などを記入する。混雑時は指定された時間に乗船することになるが、空きがあればすぐに乗船することができるそうだ。
江戸時代の和船を忠実に再現
早速、私も手続きをして船に乗せてもらう。現在、6隻の船が運航されていて(どの船を出すかはシーズンやメンテナンス時期によってまちまちだという)、それぞれ、江戸時代から使われてきた和船を再現したものになっている。運送に使用されていた「荷足船(にたりぶね)」、水上タクシーのような移動手段だった「猪牙舟(ちょきぶね)」など、いくつかのタイプがあり、私が乗った「みやこどり」という船は網漁を行う「網船」を再現したものだった。
船に乗っている間、広報部の福田功さんにお話を伺う。網船であるこの船は、言われてみれば確かに舳先に平らになった部分があり、人が立てるようになっている。そこから網を投げ、獲った魚は板を外して船首の下部に溜めておくことができるという。
船は木製で、できる限り釘を打たずに作られている。船首部分などの一部には銅板が張られており、緑青のついた風合いがなんとも素敵だ。横十間川は淡水と海水が混ざり合う汽水域で、この川の水で丁寧に洗うことが長持ちさせるために重要なのだという。
櫓を漕ぐ音が心地いい
「静かでしょう。モーターじゃなく手漕ぎだから、櫓を漕ぐ音しかしないんです。赤ん坊が乗ると寝ちゃうんですよ」と聞いた通り、本当に静かで心地いい。川の水が周囲の音を吸収してくれるそうで、さっきまで自分が街の喧騒の中にいたのが信じられなくなってくる。船と川面の距離が近く、かつてはこんな風に川と人々の暮らしとが密接に関わっていたのだろうなと思う。
近年人気の住宅地となりつつあるエリアだから、周囲にはマンションも多く見えるが、目を閉じて聞こえるこの音は、江戸時代の人が聞いたものと変わらないのかもしれない。
私と一緒の船に乗った二人のご婦人は、聞けば近所にお住まいなのだそう。仲のいい二人で毎日のように公園を散歩するが、いつも陸から見ていた和船に、今日なんとなく初めて乗ってみたのだとか。
乗船場から南の方へと向かい、途中でまた引き返して乗船場へ戻るまでで約20分。優雅な気持ちをじっくりと味わった。
船を降り、広報部の鈴木惣之助さんに改めてお話を聞いた。1995年に創設された和船友の会は当初、漁師をしていた方や船大工などによって構成されていたが、以降、それだけでなく様々な出自の幅広い年齢層の人々が船頭を務めるようになり、現在は50名以上の登録会員がいるという。
船頭になるためには、練習生として入会し、指導を受けつつ修練を重ね、試験を受ける必要がある。乗客の安全性を確保するためにも、一定の期間をかけて技術や知識を身につけていく。ただ、櫓を漕ぐこと自体はそれほど腕力がなくてもできるそうで、むしろ重心移動がコツなのだという。希望者は櫓漕ぎ体験もでき、慣れれば高齢の女性でも上手に漕げるらしい。
鈴木さんはこの辺りで育ち、「昭和30年代はまだこういう船が動いていたんですよ」とかつての時代を回想する。1992年に「木場親水公園」が建設される際、そういった和船を復元して公園のモニュメントにしようという動きが起こる。その後、1995年に櫓漕ぎ体験会が開催されたことをきっかけに、同年、和船友の会が結成されることになった。以来、和船の乗船体験、櫓漕ぎ体験を通じて、歴史の中で培われてきた操船技術の伝承に努めているのだという。
和船の乗船体験を行っている場所は全国各地にあるが、無料で、しかも櫓漕ぎ体験までできるのはここだけではないかという。
ここ数年、海外観光客にも認知されて人気になっているようでヨーロッパなどからも乗りに来る人がいるそうだ。またいくつかある船の中でも猪牙舟は落語にも頻繁に登場する船として人気で、落語家や落語ファンがその船に乗りたくて団体で予約することもあるのだとか。
船は雨天や風の強い日は欠航となるが、天気のいい日の水面はいつも穏やかで、環境的にも恵まれているからこそ、このような運航が可能になっているとか。
「秋なんか涼しくて気持ちいいですよ。今度ご両親でも連れて乗りに来てください」と鈴木さんに言っていただいた。実家からもそれほど遠くないし、親を誘ってまた乗りに来なければと思った。
船を降りた後のハシゴ酒も楽しい
別のお客さんを乗せて進んでいく和船を遠くから眺めながら、公園を後にする。私には次の目的地があった。インタビュー時、鈴木さんがおすすめしてくれた『福屋食堂』である。「この辺りも変わったから、ああいういい雰囲気の店はほとんど残ってないんですよ。子どもの頃を思い出すような気がしてうれしいんです」とおっしゃっていた。和船友の会のみなさんもよく飲みに行くのだという。お店の前にたどり着くと、いかにも老舗らしい建物で胸が高鳴る。
お昼を過ぎた頃で、近くでお仕事をされているらしき人々が食事をしていたが、私は端の席で総菜をつまみに瓶ビールをのんびり飲ませてもらうことにする。ピリッと辛いきんぴらと、ほうれん草のおひたし、どちらも庶民派価格で、それなのにボリュームがたっぷりとあってうれしい。
壁に貼られた短冊メニューを見ると、「にら玉子とじ」があったり「もつにこみ」があったり「さんまひらき」があったりする。その単品メニューに「ライス小 みそ汁」などをつけることで自分なりの定食ができあがるというのがこのお店のスタイルで、つまり、一品ごとをつまみにして飲んでもいいし、定食のようにしてがっつり食べてもいいということなのだ。
一人だと食べられる量が限られるから、今度は友人を誘って来ることにしようと誓いながら、チューハイを追加した。
『福屋食堂』を出たら、すぐ近くの『岡田屋』へとハシゴする。ここも鈴木さんが教えてくださったお店だ。製麺所が直営している食堂で、ここも雰囲気のいい老舗だと聞いた。
店内のメニューは予想外にバリエーションが豊富で、ラーメン、そば、うどん、焼きそばだけでなく、餃子あり野菜炒めあり、定食類まである。そしてここもアルコール類が色々と用意されていて、居酒屋のように利用することもできそうである。
私は締めの一品としてのラーメンと「もう一杯ぐらいいいだろう」と缶ビールをもらうことにした。
製麺所だけあってラーメンの麺はもちもちとした食感が素晴らしい。すっきりした醤油味のスープは、私の好みのシンプルな感じで、いかにも東京のラーメンだという雰囲気がする。ラーメンをひとすすりしてビールを飲んで、またラーメン。なんと幸せな時間だろうか……。
気づけばすっかり満腹になり、そしてさらにはいい酔い加減になっている自分に気づく。店を出て、横十間川周辺の街の雰囲気を感じながらのんびりと歩く。
行き当たりばったりに歩いて見つけた地下鉄駅から電車に乗ってから、「あっ!」と気づいた。鈴木さんに「末広通り商店街にも昔ながらの雰囲気が残っていていいんだよ」と教えてもらって、帰りにそこにも寄ってみようと思っていたのをうっかり忘れてしまった。
まあ、いいか。これでまた今度ここに来る用事ができた。両親か友人か、とにかく誰かを誘って和船に乗って、ハシゴ酒の帰りに今度こそ末広通り商店街を歩いてみよう。
「和船友の会の和船」詳細
文・写真=スズキナオ








