ご協力いただいたのは……今和泉隆行さん

実在しない都市の地図を描く空想地図作家。テレビドラマ小道具やゲームの舞台の空想地図なども手掛ける。主な著書に『「地図感覚」から都市を読み解く―新しい地図の読み方』(2019年)、『空想地図帳』(2023年)など。

【馬橋おさんぽMAP】馬橋駅が開業していたら……

※大正5年(1916)の地図をベースに、現実も参考に街の発展を予想して作成。
※大正5年(1916)の地図をベースに、現実も参考に街の発展を予想して作成。

古着屋&雑貨屋巡りで宝探しをするなら西へ
ウェイブロード周辺に多かった古着屋だが、近年はピーチモールの奥に新店が複数オープン。
雑貨店やインテリアショップも加わり、掘り出し物に出合えるエリアへと変貌中だ。

夏はお祭りが目白押し!商店街はどれがお気に入り?
大小さまざまな商店街も魅力。馬橋ロマン商店街は「まばし阿波踊り」が名物。300m続くアーケード商店街・ピーチモールは、日本三大七夕祭りの「馬橋七夕まつり」で知られている。

路地連なるウェイブロードは誘惑多し、飲み過ぎ注意
戦後の闇市がルーツとされるウェイブロードは、こぢんまりとした飲み屋が200軒近く所狭しと並ぶ。老舗の大衆酒場から立ち飲み、スナック、気鋭のバーまで、ハシゴ酒が楽しい。

駅前の発展からカルチャーまで妄想!

JR中央線は、明治22年(1889)に新宿~立川駅間で開通した甲武鉄道が始まり。農村地帯を一直線に貫く線路が敷かれ徐々に駅が増えていくなか、大正8年(1919)の時点で中野駅の次は荻窪駅だった。2駅の間には、東から順に高円寺村、馬橋村、阿佐ヶ谷村があり、その馬橋村に誘致・計画されていたのが馬橋駅。村の中央を南北に走る道路(現在の馬橋通り)は、駅開業を見越して整備されたんだとか。

結局実現には至らず、大正11年(1922)に高円寺駅と阿佐ケ谷駅が開業。ご存じのとおり、両駅周辺には現在それぞれ唯一無二の街ができあがっている。でも、それらの代わりに馬橋駅ができて街の中心地となっていたら、今号(『散歩の達人』2026年8月号)が「中野・馬橋」の特集だったかもしれないのだ。

高円寺駅・阿佐ケ谷駅開業前の大正5年(1916)。地図=「今昔マップ on the web」より。
高円寺駅・阿佐ケ谷駅開業前の大正5年(1916)。地図=「今昔マップ on the web」より。
両駅開業後の昭和4年(1929)。馬橋駅が計画されていたのは地図中央あたり。地図=「今昔マップ on the web」より。
両駅開業後の昭和4年(1929)。馬橋駅が計画されていたのは地図中央あたり。地図=「今昔マップ on the web」より。

「馬橋駅が開業していたら、荻窪駅に匹敵する規模になっていたはず」と推測するのは“地理人”こと空想地図作家の今和泉隆行さん。幻の馬橋の街を誌面上で実現させるべく協力を仰いだところ、まずは馬橋駅のスケールについて、高円寺駅と阿佐ケ谷駅の代わりとしてそれらを足した利用者数になると予想。2駅の1日の平均乗車人員(2024年度)は4万人台だから、約8万2000人の荻窪駅に肉薄するというわけだ。

「最初は小さな駅として開業し、戦後ににぎわいが増して発展するのでは。中野駅や荻窪駅ほど駅前が整備されないまま人口密度が高くなった結果、予測していなかったにぎわいが生まれて面白タウンになるパターンかもしれません。この現象、武蔵小山や大山など山手線の外側5km圏内でよく起こるんですよ」

想像される街の様相も、高円寺と阿佐ケ谷の融合バージョン。馬橋通りが現在の中杉通りのような役割を持つバス通りになり、南北に複数の商店街が誕生、とはいえ区画整理は進まず、大きなロータリーや駅前広場を開発する余地もなし。とんでもなく雑多で奔放な街の予感に心が躍る!

「馬橋駅の東側は明治時代から建物が密集していたところで、現在の高円寺駅の西側に当たります。こういうところは狭い道、小さい建物が密集するので似たような古い飲み屋地帯になると思います。逆に駅西側は最初は住宅地で、後から店が増えることで昼間営業するタイプの古着屋や雑貨屋が集まるエリアになる。駅の東西で色の違う街になるんじゃないでしょうか」

考察すればするほど浮かび上がってくるのが、中央線らしさ。各駅が独自のアイデンティティーを持つカルチャー同時多発地帯となった沿線の本質が、妄想の街でも表れるのが面白い。「関東大震災以降、神田・神保町に集中していた大学が山手線沿線やその西側に移ってきた。その頃から中央線沿線にも学生が増えてきたと思いますが、当時生まれたカルチャーが依然として残っていて、いまだに学生街のような顔をしているエリアですよね」と今和泉さん。妄想の馬橋もまさにそんな街のように見える。

ちなみに、千葉県松戸市には明治31年(1898)に開業した馬橋駅がある。中央線の馬橋駅は、武蔵馬橋駅という名前になっていた可能性も高い。略してムサマ、もしくはムサバか……どちらにしろ、ディープな香りぷんぷんである。

取材・文・イラスト=中村こより
『散歩の達人』2026年8月号より

参考文献=『杉並区史探訪』(森泰樹 著、杉並郷土史会 1974年)

中野、高円寺は人気のサブカルタウン。そう言われるようになって久しいけど、ところで「サブカル」ってなんだろう? 街ごとに、あるいは時代によってもニュアンスは変わるし、実体を言語化しづらい。その定義は、実はとても曖昧だ。
早くから多彩な異国料理が根づいてきた中央線沿線のこのエリア。いま、お決まりの「〇〇料理」ではなく、よりローカルな味を追求し、わが道を行くスタイルで提供する店が増えている。未知なる味と新体験に浸ろう!
阿佐ケ谷は中央線の中では、少々地味な街かもしれない。吉祥寺ほどにぎわってないし、高円寺ほどエッジが効いていないし、中野ほどサブカルな店はないし、西荻ほどおしゃれでもないし、土日は快速が停まらない。だが阿佐ケ谷には「ゆるさ」がある。それが心地いい。実は中央線文化的に歴史は最古級なのだが、そんなことおくびにも出さない、心にくいムラ社会なのである。