丸ごとたっぷり使用。カニをダイレクトに感じる濃厚な味わいと香り
東急線のガード下沿いにある商店街のバーボンロードは、陽が高いうちから飲み屋街特有のざわめきが感じられる通りだ。そのバーボンロードに『crab台風。』はある。黒い壁に赤いカニのマークとタペストリーが掲げられた外観は、通りにすっかりなじんでいる。
早速、看板メニューの蟹そばを注文。厨房の中では、店長の齊藤満(さいとうみつる)さんが手早く丼にスープを注ぎ、湯切りした麺、チャーシューやメンマなどのトッピングを載せていく。最後に海苔の上に、赤が鮮やかなもみじおろしがそっと配置された。
目の前に丼が置かれると、カニの香りに鼻腔が刺激されて、気分が高揚する。レンゲですくったスープは、カニ味噌も含めた深い味わいが想像以上だ。とろりとしたカニ味噌の食感まで思い出させるような濃さと、舌の上に残ったあと口に、カニが丸ごと使われていることが察せられた。
スープは豚骨をベースに、1杯を2つに割っただけのワタリガニを大量に加えて作っている。「豚骨スープだけで2日かけて炊き、濃厚さを出しています」と店長の齊藤さん。濃度が高いだけでなく自家製の蟹油を加えているため、スープが冷めにくいのも特徴だ。
合わせる麺は中細ストレート。丼を覆うような大ぶりのチャーシューは豚の肩肉を使用。低温調理された柔らかな肉に、粗挽きの黒胡椒がピリッと効いている。
トッピングされているみじん切りの玉ねぎを口に含むと、口の中がさっぱり。卓上調味料の「煮干し入りの酢」を少しずつ加えながらレンゲを進めると、味わいに別の奥行きが生まれて最後まで飽きない。このスープを残してしまうのは、もったいないような気がした。
香港の「外食文化」と「豊富な食材」が生んだスープ
『crab台風。』が蒲田に店を構えたのは2024年10月だが、ここに至るまでにはさまざまな変遷があった。
創業したのは、学生時代はラーメンオタクだったという代表の伊東悠太(いとうゆうた)さん。有名店でのアルバイトを経て、2007年に弱冠25歳で茗荷谷に魚介豚骨メインの「らーめん台風。」をオープンした。茗荷谷で5年間営業した店を閉め、2012年に香港でラーメン店を出店するという大胆なチャレンジに打って出る。
現在は看板メニューとなった濃厚な蟹そばは、その香港の店で限定麺として誕生した。背景には、香港という土地が持つ2つの要因が大きく関係している。
1つ目は、大半の人が3食とも外食で済ませるという香港の「豊かな外食文化」だ。人々はメニューに多様性を求めるため、伊東さんは現地の人を飽きさせないよう、月替わりの限定ラーメンを提供し始めた。
もう1つの要因は、香港は「食材が豊富で安く手に入ること」。オープンから3年後、現在の蟹そばの原型となるワタリガニのラーメンが限定メニューとして誕生したのも、日本では高級食材とされるカニが香港ではリーズナブルに仕入れることができたからだ。
カニのラーメンといえば、海のそばのお店で出すような、ほんのりカニの風味が漂うスープで、カニの足が載っているようなものが思い浮かぶ人も多いだろう。しかし伊東さんが目指したのは、カニの殻と味噌を贅沢に使い、ラーメンとして完璧に調和した“フルボディ”のスープだ。香港の地で3年ほどの歳月をかけてブラッシュアップを重ね、変わり種の枠には収まらない、繰り返し食べたくなる味が完成した。
逆輸入した蟹そばを引っ提げて激戦区・蒲田へ
香港で人気店としての地位を確立した『らーめん台風』は、次のステップを見据えて、別の国への進出も検討していた。それが凱旋帰国となったのが、2018年。
「日本では魚介とんこつが出尽くした感がありました。カニのラーメンをレギュラーメニューとして出している店がなかったので、カニで勝負しようと決めました」と伊東さんは振り返る。
しかし、濃厚な出汁が出る香港のカニは日本にない。築地で写真を見せても断られたが、海外から似た種類のワタリガニを探し出し、無事に今の蟹そばが完成した。
人形町から蒲田へと移転したのは、コロナ禍がきっかけだった。たくさんのラーメン店がある激戦区だからこそ、他の店では味わえない蟹そばは印象に残る。酒の席の後に立ち寄ると、ディープな蒲田に負けない味を堪能できるだろう。
日本では『crab台風。』だけで出合える唯一無二のフルボディな一杯を、ぜひ体感してみてほしい。
取材・文・撮影=野崎さおり





