村松友視(むらまつともみ)
1940年、東京・千駄ヶ谷生まれ。4歳から、静岡県清水市(現・静岡市清水区)で育つ。大学卒業後、中央公論社入社。文芸誌『海』の創刊に携わり、多くの作家の担当編集者を務めた。80年『私、プロレスの味方です』が大ベストセラーに。82年『時代屋の女房』で直木賞受賞。
※村松友視の「視」は旧字体の示へんに見が正当。
小説『時代屋の女房』とは
大井町駅近く、大井三ツ又交差点の一角にある古道具屋「時代屋」。店主の安さんの女房、真弓は何も言わずに家を出ていくことがあるが、これまでは七日目に必ず戻ってきた。四度目の家出の結末は。1982年、直木賞受賞作。翌年に渡瀬恒彦と夏目雅子で映画化された。
引っ越しても頭から離れなかった「時代屋」
—— 『時代屋の女房』を書いたころは、大井町にお住まいだったのでしょうか。
村松 大井と大森の間くらいのところに住んでいたのは、70年代後半の2年くらい。82年に『時代屋の女房』を書く直前に吉祥寺に引っ越したんです。当時の大井町駅前は、大井競馬に行くバスが列を成してて、不動産屋のでかい看板があった。あんまり上品じゃないけど、それなりの個性がある。これは僕が住むのにふさわしいと。およそ文学チックじゃないところだった。
—— 古道具屋の「時代屋」があったんですよね。
村松 つとめていた出版社へ出勤するとき、「時代屋」の前を通って大井町の駅に向かうんです。地蔵尊の向かいに古道具屋があって、売りものを外に出してあったりもするから、そこだけシュールな一角になっちゃってた。三叉路(さんさろ)の脇にあって、そこだけぴかって光ってる。ふつうだったら捨てられるようなものが売りものとして並んでたね。妙な西洋風のアンティーク、大きな絵、回らない扇風機、縫えないミシンとか。でもオブジェとして置いてあると、なかなかのフィギュアなんだ。この場所に置かれたことで、お色直しをしたように見えてくる。それで店のマスターと話すようになったりしてね。
—— 引っ越しても頭から離れなかった。
村松 目の裏にくっきり残っていたね、僕の頭の中に。そこにあるものを、そこに住んで書くのとは違う。僕はわりと昔のことをよく覚えてるほうなんだけど、それは僕が勝手に消したり、自分好みのものを残してつくってる。だから僕がつくった虚構の景色なんだよね。
—— 執筆期間は、どれくらいだったのでしょうか。
村松 短かったですよ。担当だった見城氏(現・幻冬舎代表)は当時『野性時代』(角川書店)の編集部員で、編集長でもないのにページを空けてくれて。締切まではすごく短くて、2週間くらいだった。時間をかけて書き直していくと、だんだん典型的なものになるんだけど、凝る時間がなかったことで文章の滑りがよくなったかもしれない。小説の推進力を削(そ)がない意味ではね。
自分の中には編集者と作家がいる
—— 推進力といえば、作中の会話のやりとりが、今読んでもまったく古びることがないリズムがあると思いました。
村松 わりとカジュアルな、軽みは出そうと思った。当時の『野性時代』はエンターテイメント性があったから、そのなかではちょっと硬質ではあったけど。僕の小説は、純文学でも読みものでもない、中2階みたいなあいまいなジャンルで生きてくると思ってます。
—— 作品は直木賞を受賞、翌年には映画にもなりました。
村松 編集者をやっていたから、わりとそのへんは冷静でね。映画化されることは、作者の僕の名誉というより、作品が華やぐといった程度。そういう意味では気は弾んだけど、また映画化されるような作品を書こうという気はなかった。かつて編集していた『海』(中央公論社)は純文学系の雑誌で、僕は編集長と対立したりしてたから、そのころの粋がった感じもあったし、映画化されたことでウキウキしちゃうと、編集者としての自分がせせら笑ってる感じがしないでもなかった。
—— 自分のなかに、編集者と作家、両方いる、と。
村松 19年くらい編集者をやってたから、小説を書いたら編集者の目で見る。一人二役で鬼に金棒だと思ってた。でも書き終えた途端、自分の作品にうっとりしちゃったりしてね。人に言われてはじめて気づくこともある。作中に、喫茶店のマスターと、クリーニング店の今井さんが出てくるけど、当時、担当の見城氏に、二人のキャラクターの区別が判然としないってチェックを受けた。それで僕はマスターを大阪弁にした。粋がった人が、いろいろなことをカモフラージュして、自分の強さを見せつけるために使ってる大阪弁。映画化したときには津川雅彦が演じたんだ。彼に、ほんとうに大阪に生まれた人なのか、それともキャラクターなのかを確認されて。上手い役者ってのは、やっぱりきめ細かいよね。
—— 村松さんは東京で生まれて、静岡の清水で長く暮らし、東京に戻ってきた。ふるさとは東京という意識ですか。
村松 東京に対する僕の感覚はエトランゼです。生まれたのは東京だけど、できあがったのは清水みなと。清水から東京へ出てきて、都会という舞台であくせくしてる感じが面白かった。『時代屋の女房』の登場人物も自分と等身大の感じで、みんな過去を持ってて、吹きだまりみたいなところで偶然出会った人たちと不思議な絆を結んでは消えていく。そういう小説を書いたつもりです。
あえて違う方向へ歩く村松流散歩術
—— 散歩することはありますか。
村松 散歩として歩くのが嫌いで、公園とか、誰かが設(しつら)えた「身体を休ませてください」っていうところで、その意図のとおりになるのが嫌でね。そういうことをやたらに意識するタイプ。坐骨(ざこつ)神経痛がなかなか治らなくて、歩いて治すのを試みてみたことがあったけど、公園に行くのは嫌だから路地の景色を見ながら40分くらいで帰ってた。それも郵便局に行く途中であって、身体のため、健康のために歩いてるんじゃない、という意識で歩く、わざとハガキを持ってね。誰も見てないのに。
—— 今日は「時代屋」があった三ツ又交差点で待ち合わせましたが、駅からいらっしゃるときに迷われたと。
村松 駅降りて改札口を出て、西口か東口かというときに、僕はまずは違う方からおさえておこうと思うのね。だからどんどん遠くに行っちゃう。
—— 違うということを確かめるために?
村松 そう。それでくたびれたり、もうどうしようもないと分かっていても、それが僕のルーティンなんだよね。で、基本的には方向音痴です。
—— でも、違うと思う方は、ちゃんと違ってるから、ある意味正解ですよね。
村松 違うことは当たってる。散歩のときに、そういう感覚で歩いているから、毎日、偶然の景色を見ることが多くなる。方向音痴のおかげで思いもかけぬ景色に出会える……なんて思ってね。
こちらでお話を伺いました『ミツマタコーヒー』
「時代屋」跡地のすぐ近くにある、スペシャルティコーヒーとバスク風チーズケーキなどの手作りの焼菓子が楽しめるカフェ。ブレンドには大井町、三ツ又、時代屋の3種があり、時代屋ブレンドは深煎りベースで、「昭和の喫茶店的なイメージ」とご主人の松田輝洋さん。たっぷり入っていずれもホット730円、アイス780円。
10:00~18:00、月・不定休あり。
東京都品川区大井4-1-2 メゾンピュア1F
☎03-6410-7970
取材・文=屋敷直子 撮影=丸毛 透
『散歩の達人』2026年5月号より






