お話を聞いたのは……町田 忍さん
エッセイスト。日本銭湯文化協会理事、庶民文化研究所所長。『町田忍の銭湯パラダイス』(山と渓谷社)、『懐かしくて新しい「銭湯学」 お風呂屋さんを愉しむとっておき案内』(メイツ出版)といった著書を多数出版している、銭湯研究の第一人者。
人々を勇気づけた「宮造り型」の銭湯
東京の銭湯の転換点は大正12年(1923)に発生した関東大震災だ。
「唯一焼け残った歌舞伎座を見て、人々は勇気づけられた。復興への祈りを込めて歌舞伎座を参考に造られたのが『宮造り型』の銭湯だったと言われているんだよね」と、町田忍さん。入り口の屋根は寺社のごとき破風で、すぐ下には美しい木の彫刻。脱衣所は高い格(ごう)天井、浴室にはでっかいペンキ絵。この形こそ、東京で独自進化を遂げた「東京型銭湯」なのである。昭和2年(1927)に創業した北千住の『タカラ湯』は、まさにその代表格だ。
「これ、見てください」と、店主の松本康一さんが見せてくれたのは、創業当時のモノクロ写真。そこには内風呂に入り切れないほどの人々が映っている。これぞまさに「公衆浴場」。銭湯は地域の寄合所だったのだ。当時のままの姿に、感慨深さを覚える。
「最も軒数が増えたのが1968年。東京には約2600軒あった。つまり一つの町に一軒、銭湯があったということになるんだよね」
しかし、以降は内風呂の普及や経営者の承継問題によって銭湯は徐々に町から姿を消していく。
東京の銭湯に起こった変化「ビル・モダン型」
「30年前、1996年の頃には1000軒ほどまでに減っていた」と、町田さんは語る。しかし、減少傾向にある中、東京の銭湯には変化が起きていた。
「露天風呂や水風呂、サウナといった多機能を備え付ける銭湯が増えてきた。老朽化した建物をビル型に建て替える銭湯も出てくる」
こうした動きによって、昔ながらの「宮造り型」と、店主の個性が前面に現れる「ビル・モダン型」が入り混じるようになった。町田さんはこの変化を「銭湯ルネッサンス」と名付けている。銭湯は、「体を洗い流す」以外の価値を持ち、新たなファンを摑(つか)み始めたのだった。
「正直、リニューアルはすごく悩んだんですけどね。町田さんはじめ、いろいろな人のアドバイスももらって決心した」とは、日暮里『斎藤湯』の斎藤勝輝さん。かつては「最後の三助」がいた、昔ながらの「宮造り型」だったが、2015年に老朽化した建物を取り壊し、現在の姿に。
特に悩んでいたのはサウナの設置の有無。斎藤さんは、かつて専門店を営んでいたほどのサウナ好きなのである。
「多くの銭湯や温泉を視察するうちに『なくてもいいな』と感じて。大浴槽に浸かって過ごす人々のほころぶ笑顔。それを見て、我慢するサウナよりも、和むお湯。それが大事だと思ったんです」
そうして『斎藤湯』はサウナを設置せず「お湯で勝負」の銭湯に。
「海外のお客さんに『湯かげんどう?』と聞いたら満面の笑みで『ベリーグー!』って。間違いじゃなかったとうれしくなりました」
銭湯を日常の中心に、そして自分の居場所に
そして今後の銭湯の形が垣間見えるのは高円寺の『小杉湯』だ。
「もともとは1933年に『小山さん』という方が始めた銭湯で、それを1953年に祖父が引き継いだ形なんです」とは、3代目の平松佑介さん。代々守られてきた昔ながらの「宮造り型」の建物は、とてもきれいに保たれている。その風情はもちろんのこと、朗らかなスタッフの笑顔も気持ちいい。
「祖父の家訓である『きれいで、せいけつで、きもちいい』を守っていくことが我々の使命なので」
親しみやすい風情もあり、20代30代の客が多くを占める。若者に支持される銭湯となっている。
そんな『小杉湯』は2020年、銭湯の隣の風呂なしアパートを立て替え、銭湯付きシェアスペース『小杉湯となり』をオープンした。1階はシェアキッチンとリビング、2階は小上がりのコワーキングスペース、3階は会員専用の個室だ。つまり、この一角には街に開かれた風呂場、台所、書斎、個室が揃っている。「ここで生活できちゃうね……」と、町田さんも驚いた。
「お客さまというより一緒にこの場所を育てていく大切な存在」とは、『小杉湯となり』店長の白井杏実さん。
「一人で過ごしてもいいし、みんなでおしゃべりしてもいい。それぞれがマイペースでいられる空間づくりを心がけています」
互いに干渉しすぎないその距離感は、まさに「銭湯の距離感」だ。「時々、店の人や常連客ととりとめのない話をするのも、銭湯の醍醐味(だいごみ)だよね」と、町田さん。
銭湯はいつの時代も、家とも仕事場とも異なる、人々の第3の居場所だ。「宮造り型」から「ビル・モダン型」へと歩んだ東京の銭湯は、その意味をあらためて問い、風情を残しながら、浴場の域を超えた「サードプレイス型」へと変化していくのかもしれない。
建物全体が醸し出す歴史の深み『タカラ湯』【北千住】
千鳥破風のすぐ下には、宝船に乗った七福神の彫り物が。格天井の脱衣所に足を踏み入れると、「キングオブ縁側」と称される庭が目に飛び込む。「創業からこの形」と、店主の松本康一さん。庭園側は男湯のみだが、毎週水曜日には男湯と女湯を入れ替える。お湯の方は座風呂や電気風呂はもちろん、日替わりの薬湯もユニークだ。上がったら水と緑の香る縁側で瓶牛乳を飲むのもいい。
『タカラ湯』店舗詳細
最後の「三助」がいたモダン型銭湯『斎藤湯』【日暮里】
老舗の風情を残し、2015年に現在のモダンな姿にリニューアル。約10年ほど前までは、入浴客の背中を流す「三助」と呼ばれる最後の職人がいた。「すべてのお客さまに満足してほしい」とは、店主の斉藤勝輝さん。高濃度炭酸泉、電気風呂、温湯、水風呂、露天といろいろな湯を楽しめる。そして湯上がりにはフレッシュジュース。果実1つ丸ごと使われた生オレンジスカッシュの爽やかな風味と炭酸が、ほてった体を芯から癒やしてくれる。
『斎藤湯』店舗詳細
湯に浸かるも休むも、それぞれの過ごし方で『小杉湯』『小杉湯となり』【高円寺】
『小杉湯となり』の1日利用では、銭湯券が付いてくる。まず体を清めに浴室へ運べば、男湯と女湯をまたいだ大きなペンキ絵に圧巻のひと言。広い内風呂に体を浸せば、ぐっと体が伸びて心地よい。ぽかぽかに温まったら、また『となり』に戻って1階のシェアキッチンで休んだり、2階の書斎で本を読んだりと自由自在に。このゆったりした時間がくせになる。
『小杉湯』『小杉湯となり』店舗詳細
取材・文=どてらい堂 撮影=泉田真人
『散歩の達人』2026年4月号より







