とんび凧とは
とんび凧の由来は江戸時代の末期頃に、多摩川で獲った魚を河原で干していたところ鳥や動物に狙われたため、鳶(とんび)のかたちをした凧を「かかし」の代わりに使ったのが始まりといわれている。とんび凧は鳶に似せたリアルなつくりになっており、真っ黒な色に立体的な造形と羽が切られているのが特徴だ。とがったくちばしに丸い目玉がついており、愛嬌があってなんだかかわいらしくもある。空にあがったようすも本物の鳶そっくりだという。
凧作りは明治から昭和の初めにかけて、果樹園が広がっていた六郷地域の農閑期の産業となっていた。大正時代から昭和のはじめにかけては、国内だけでなくなんと海外にも輸出されるほどの人気があり、最盛期には7、8軒もの凧屋があったというが、第二次世界大戦をきっかけに衰退し、戦後しばらくして生産は途絶えてしまった。
しかしその後、地元有志の人々の活動により凧作りは復活。六郷とんび凧の会の会長である吉田さんは、その中心となって、とんび凧の制作や子供たちに凧作りを伝える活動をしてきた。
凧を作ってみよう
六郷近辺の小学校では図工の時間に凧の制作体験があり、吉田さんは地域の有志の方々とともに、そこで制作指導を行っている。とんび凧の制作は小学生6年間で1回は体験できるようになっていて、地域には学校で作った凧を親子三代で持っている人もいるそうだ。今回、わたしは小学生が図工で制作するものと同じものを作らせてもらうことになった。
制作で使用するパーツはすべて吉田さんが手がけたものだ。まず、和紙に印刷された鳶の羽と、厚紙に印刷された胴体の部分をはさみで切りだしていく。
羽のまわりあるのりしろにボンドを塗って、竹ひごにまきつけていく。ボンドは指を使ってのりしろの端まで丁寧に塗るよう、吉田さんからアドバイスが。「しっかり貼り付けるからね、指で塗るのがいちばんいい」とのこと。なるほど。
竹ひごと組み合わせると、羽はしっかりしてくる。胴体のパーツを中心に、左右に羽をしっかり貼り合わせ、糸をかけて立体的に仕上げる。竹ひごの端には補強をするために紙テープが巻きつけてあったりと、パーツのひとつひとつや指導に吉田さんの工夫が宿されている。
糸の結び方に少し苦戦したが、凧は約2時間で完成した。自分で作った凧には愛着がわく。完成した凧を手に、さっそく多摩川河川敷へ向かった!
凧を持って多摩川河川敷へ!
さっそく出来上がった凧をあげに、吉田さんと多摩川河川敷へご一緒した。吉田さんは大きいとんび凧を持ってきてくださった。かっこいい!
準備中、少しの風でもとんび凧は風を受けて宙に浮く。おおっ! とてもテンションが上がる。
ふわふわ動いてまるで生きているようだ。芝生で地面をつついていた鳩の集団が、驚いて一斉に飛び立っていった。鳩には本物の鳶に見えたのだろうか。
しかし、凧はふわーと浮くものの、高くはあがらず、くるくると回ってしまう。何度もトライしてみたが3mくらいのところで下がってきてしまう。
「今日は風が舞ってるなー。やっぱり寒いときじゃないといい風が吹かないね」と吉田さん。真冬の北風が吹く時期が凧あげには一番いいとのこと。この日は残念ながらあきらめることにして、あらためて北風が吹くころに、と約束した。
ふたたび凧あげにトライ
1月の晴れた日、再び凧あげにチャレンジするため吉田さんを訪ねた。
ちょうどうかがった日の前日がお誕生日だったという吉田さん。なんと90歳になられたとのこと。おめでとうございます!
「戦前に兄貴がとんび凧を持っていてね、70cmくらいの大きさの。そのころわたしはまだ小さかったから貸してもらえなかったけど、兄貴が河原で凧あげするのをよく見ていましたよ」という吉田さん。
第二次世界大戦を経て途絶えてしまっていた「とんび凧」であったが、復活のきっかけは、昭和50年代初め頃。小学校の教科書に載っていた「とんび凧の絵」だったそうだ。当時は地域での姿が途絶えていたとんび凧。ある先生から「今はないものが教科書に載っているのはおかしいのでは?」という意見があがり、そこからとんび凧の復活に向けて調査が開始されたそうだ。当時は凧作りに従事した人がまだたくさんいて、どんなものだったか実際に知る人から聞いたり、残っているものからとんび凧のつくりを研究したりしたのだという。
そこから、六郷地域では地元の有志があつまって凧の制作を楽しみ、冬には凧あげ会を行うようになった。戦前にとんび凧をあげて遊んだ経験のある吉田さんはお兄さんとともにその中心で活動していたこともあり、とんび凧の制作や普及に深く関わることに。やがて地元の仲間とともに「とんび凧の会」をたちあげることになった。
とんび凧の発祥には諸説あるようだが、冒頭でも触れた「多摩川で獲った魚を鳥や動物からよけるために凧をあげた」というのが有力だと吉田さんは力説する。「わたしが子供のころは、このあたりの多摩川でもハゼなんかがよく釣れたの。魚を焼いて干したのを甘露煮なんかにしてね、お正月のお皿のひとつにもなっていたんですよ」。
また、六郷地域には果樹園がひろがっていたということで、凧作りはその農閑期の仕事として盛んだったとのこと。今の風景からは想像がつかないのだが、吉田さんのご自宅の屋根裏にも桃作りの道具が保管されていたそうだ。
河原に出るといい風が吹いている。前回と同じように凧に糸をかけて準備をしていると、凧はふわーと風を受けて浮かんだ。
糸をしっかりとかけ羽をそらせると、凧はすうーっとまっすぐに空にあがっていった!
あまりにも簡単に凧は空にあがっていく。風の力は思ったよりも強く、凧が高くあがるほどにぐいぐい引っ張られ、糸も伸びていく。途中で凧を持たせてもらったが、かなり強い力で引っ張られる。しっかりと糸を持っていないと凧をコントロールできない。
風を受けながら飛ぶとんび凧は、本当に鳶にそっくりだ。
通りすがりの子供たちからも「すげえ」「かっこいい!」という歓声があがり、道行く大人も思わず足を止めている。とんび凧のあがる様子を、大人も子供も楽しんで観ていた。
「ほんとはもっと高くあがるんだけどなあ」と言う吉田さん。わたしには十分高くあがったように見えたが、もっと高くあがっていくのだそうだ。「200~300mくらいはあがるから、もっと高くあがるところを見せたいんだけど」。
この日は冬の合間の暖かい日で、満足できる高さまではあがらなかった。「やっぱり寒い日の夕方がいちばんいいんだけど。凧あげは10回やって3回うまくいくくらいだね」と吉田さん。
では、また凧あげ一緒にやりましょうよ、と吉田さんと再会の約束をした。
こんなところにもとんび凧が!
空を舞うとんび凧の姿を見ることのできる機会は少なくなってしまったが、六郷地域にはとんび凧を感じられるものがたくさんある。
六郷土手にある和菓子店『翠匠庵(すいしょうあん)』で販売されている「六郷どらやき とんび凧」は、とんび凧のイラストがデザインされたパッケージに、中身のどらやきにも焼き印が押してある。お土産にもぴったりだ。しっとりした皮にぎっしりとつぶあんがつまっておりとてもおいしくいただいた。
六郷図書館の近く「みなさん児童公園」の前には、大田区のキャラクター「はねぴょん」とともにとんび凧がデザインされたマンホールもある。こちらもなんともかわいらしい。
取材・文・撮影=ひびのさなこ
参考:
『六郷のとんび凧』光写真印刷企画 編集,2013年3月.
平野順治 著『六郷の鳶凧―竹内権次郎翁聞書』. 六郷の昔を語る会, 1973年4月11日.
『博物館ノートNo.136 六郷の鳶凧』大田区立郷土博物館, 2004年3月30日.
『六郷わがまち 第70号』「六郷わがまち」編集委員会 編集, 地域力推進六郷地区委員会, 2016年11月1日.





