「下北沢らしさ」を築いた先人

1999年3月号の下北沢特集で案内役をしたのは、シモキタ歴19年のフリーター(38歳・独身)。彼が見た「シモキタ」は、再開発の波がまだそこまで及んでいない、ちょっとヒリヒリした夢追い人の街だった。ここは、駅を中心とする半径約1平方キロメートルの範囲にさまざまな文化がひしめき合うサブカルタウン。「ロックスターになりたい」「役者として成り上がりたい」「映画を作りたい」。ふらっと入った酒場で、そんな夢物語をよく耳にした。

もとをたどれば、戦後の下北沢は典型的な郊外だった。駅前の食品市場が「世田谷の食料基地」と呼ばれ、買い出し客でにぎわっていたらしい。そこへ、こっちの方が物価が安いし活動しやすそうだと渋谷、新宿から若者たちが流入。彼らこそ、最初に「下北沢らしさ」を築いた先人だ。

撮影=鴇田康則。散歩の達人2012年12月号第2特集「今だからこそのシモキタ」掲載。
撮影=鴇田康則。散歩の達人2012年12月号第2特集「今だからこそのシモキタ」掲載。

例えば、『ジャズ喫茶マサコ』に通い、日がな一日台本を練っていた演劇青年は、のちにジャズ・バー「LADY JANE」(2025年に閉業)を開いた大木雄高さん。本多劇場グループの本多一夫さんは、『本多劇場』『ザ・スズナリ』をはじめ、下北沢にたくさんの劇場を造った。就職や結婚を機に街を出る人がいる一方で、残った人たちは居場所を拵(こしら)え、そこで独自のカルチャーを醸成。やがて彼らに憧れた次の世代が下北沢を訪れ、90年代〜2000年代初頭のサブカルへとつながっていく。

現在の駅前。「三省堂書店」が入っていた「下北沢駅前共同ビル」が建て替え中だ。左上の写真は、今はない旧北口の風景。
現在の駅前。「三省堂書店」が入っていた「下北沢駅前共同ビル」が建て替え中だ。左上の写真は、今はない旧北口の風景。

夢追い人がバトンを繋ぐ

90年代にはライブハウスが増えた。Hi-STANDARDがたびたび出演した『SHELTER』をはじめ、今ではファンの聖地となっているスポットも少なくない。買い物客の目当ては、かつてのような日用品ではなく、主にレコードショップや雑貨店、古着店を巡ること。2004年に複数の古着店が入る「東洋百貨店 本館」(2025年、ビル建て替えに伴い一時閉店。2022年に別館が「ミカン下北」に出店)ができたのを皮切りに、同業の店が続々と開店した(その数はコロナ前の約100軒から2020年以降に倍増し、現在は200軒以上あるとも言われている)。

プレイヤー、リスナー、あらゆる音楽フォロワー憧れの的である下北沢『SHELTER(シェルター)』。全国的にも知名度が高く、小沢健二の楽曲の歌詞にも登場する。足を運んだことがない人も、その店名は耳にしたことがあるかもしれない。今回はこの歴史あるライブハウスの店長、義村智秋さんにお話をうかがい、店の重ねてきた30年以上の歴史を追体験し、今のライブハウスのスタンスについても考えていく。 ※TOP画像提供:『SHELTER』 ankライブ風景撮影:Akira“TERU”Sugihara
「音楽の街」「演劇の街」など、さまざまな異名を持つ下北沢。「古着の街」としてより認知されるようになったのには、2004年に開業した「東洋百貨店 本館」の存在が大きい。ワンフロアの中に古着店、雑貨店といった、こぢんまりした店舗が入り乱れるように軒を連ね、一歩足を踏み入れると、その個性的なラインアップ、物量の多さに買い物客のテンションが上がる。2025年3月、ビル建て替え工事に伴い惜しまれつつ閉店したが、その少し前、2022年には高架下の複合商業施設『ミカン下北』内に、『東洋百貨店 別館』をオープンさせている。
『ザ・スズナリ』。1階はスナックやバーが入る「鈴なり横丁」。
『ザ・スズナリ』。1階はスナックやバーが入る「鈴なり横丁」。

2010年代に入るといよいよ再開発が本格化。小田急線が地下に潜り、ある意味名所だった「開かずの踏切」が解消されたことは、人の流れが大きく変わるきかっけとなった。全長約1.7kmの線路跡地は、住民や世田谷区、小田急電鉄が用途を話し合い、「下北線路街」として開発することが決定。緑地を整備し、その中に保育園や複合商業施設、映画館、カフェなどを点在させ、新たな文化発信地としてスタートしている。

古きよき下北沢は、いつまで見られるだろう。2026年3月には駅前広場が完成予定だ(3月現在)。並行して行われてきた補助第54号線工事は、引き続き用地の取得が進められている。この街ががらりと生まれ変わっても、そこに新たな「下北沢らしさ」が築かれると期待したい。

京王井の頭線の高架下には複合商業施設「ミカン下北」が開業。
京王井の頭線の高架下には複合商業施設「ミカン下北」が開業。

下北沢のこれまで

1975年1月
「LADY JANE」オープン
1982年11月
『本多劇場』オープン 若者が夢をかなえに来る街に
2013年3月
小田急線が地下化
2014年
「下北沢駅前食品市場」取り壊し開始
2022年3月
「ミカン下北」オープン
2022年5月
「下北線路街」の全面開業
2025年 7月
「下北沢駅前共同ビル」建て替え開始

取材・文=信藤舞子 撮影=逢坂 聡
『散歩の達人』2026年4月号より

下北沢、あるいはシモキタ。小田急小田原線と京王井の頭線が交わる地点にあり、渋谷からも新宿からもアクセスしやすい。駅を中心に約1キロ平方メートルという、決して広くはないエリアにあらゆる文化がギュッとひしめき合い、「バンドマンの聖地」「演劇の街」など異名は数しれず。いかにしてこの街は、人気のサブカルタウンとなったのか?
下北沢『BASEMENTBAR(ベースメントバー)』はインディーズの注目バンドから海外ミュージシャンまで、さまざまな音が鳴り響く場所だ。このハコは感度の高い音楽を届け続け、下北沢だけでなく、東京、全国、そして世界から注目される。今回は、店長のクックヨシザワさんに思う存分、語っていただこう。
ライブハウスが密集し、複数の会場を巡るライブサーキットが毎年のように開催される下北沢。雑多なカルチャーがギュッと詰まったこの街を歩けば、必ずと言っていいほど、楽器やレコード屋の袋を持つ人とすれ違う。