冷やから燗、爽から熟。奥深きペアリング沼へ『HuQu』
メニューは3時間フリーフローのペアリングコース1万3000円のみ。「基本は応援したい蔵の日本酒しか置かない。蔵のためにもいっぱい飲んでほしいんです」と石山さん。コース10数品は毎月替わり、この日は戻りガツオのタコスの奈良漬けの熟味と、奈良の「花巴」の酸味がきれいに伴走する。ペアリングの妙にハマる頃、4品目の八寸はお客が自由に日本酒を選べるフリータイム。あれだこれだと盛り上がること必至!
多様な味付けに応える懐深いラインアップ
『地酒屋こだま』と、人形町の『新川屋佐々木酒店』や島根県の酒販店などから仕入れ。冷酒も燗も偏りなく楽しんでほしいことから長野の「信州亀齢」や徳島の「旭若松」まで幅広い。冷蔵庫天板のふく射熱で自家熟成させた酒も!
『HuQu』店舗詳細
お燗で開く旨口とおでんでほっくほく『でんや 御馳走』
「タクシードライバー」だけではない。「鬼剣舞(おにけんばい)」「北上夜曲」と、同じ岩手・喜久盛酒造でも都内でほぼ見かけない銘柄が! 「しっかり濃醇なお酒も飲んでほしくて」と渡辺さん。京都の和食で研さんを積んでおり、昆布とカツオから出汁を引く上品なおでんや、豆アジの南蛮漬け・卯の花・切り干し大根などのおばんざいが最高のアテとなる。お燗で開くお酒も多いので、2杯目はぜひ徳利で。
喜久盛を筆頭に濃いめが揃い踏み
喜久盛の地元向け銘柄のほか、長野の「勢正宗」や「和饗」、鳥取の「此君」など、冷やから燗までうまい酒が主。価格は90ml550~830円程度。兵庫の「都美人」の出汁割り950円も。仕入れは『こだま』と足立区の『酒のあづまや』。
『でんや 御馳走』店舗詳細
旅先で出合った酒と肴に土地の薫り『和酒Bar 尾鈴』
窓際に並ぶ空き瓶は既視感のない銘柄ばかり。「各地の酒蔵・酒屋・居酒屋を巡り、おいしい日本酒やおつまみを探すのが好きなの」と三好さん。長野の米農家が大信州酒造に特注した「坐(くら)」に蕎麦味噌豆腐を合わせるなど、土地土地の味覚が酔いを誘う。時には「尾鈴ラボ」と称し、柑橘類を搾ってみたり、冷酒向けをお燗したり。「おいしければなんでもOK!」と自由自在に日本酒を楽しむ女将に、乾杯!
女将が足で稼いだ希少銘柄たち
兵庫の「富久錦純青ギャラクシー」、福岡の「蜻蛉青とんぼうすにごり純米」など、関東では入手しづらい銘柄多数「端麗からハマり今は何でも好き」と女将が言う通り、扱う酒質は幅広い。60mlで605~1100円が主な価格帯。
『和酒Bar 尾鈴』店舗詳細
丁寧な水先案内で麗しペアリング『ワインと日本酒 居酒屋 Hana』
刺し身に醤油は使わず、香味野菜などの薬味で吟醸酒と伴走させたり、白和えの春菊の苦味と純米吟醸の余韻の渋みを合わせて旨味に転換させたり。料理人・花岡さんの日本酒への敬意が随所に光る。「お酒も酒も料理もおいしくなるペアリングを大切にしたい」と和田さん。幅広い酒質を揃え、提供の温度帯をふくめ、料理に合わせて丁寧に日本酒を提案。女性の一人客が多いのも納得!
流行を追わず、料理との相性重視
品書きに、フルーティ・辛口・旨口・常温~燗などの説明書きがあり、幅広い味わいを20種ほど揃える。価格は冷酒100mlで600~1300円程度。クラフトサケや、付き合いの長い新政酒造の希少銘柄も!
『ワインと日本酒 居酒屋 Hana』店舗詳細
蔵への想いにあふれた変態的偏愛セレクト『地酒屋こだま』
生酒が7割で、旨口の“強い”お酒がずらり。でも、児玉さんが大切にしているのは蔵人の人柄と考え方。「二桁会いに行っている蔵がほとんどです」。店内のほぼ全種類が試飲可能なのは「正確な味を知らずに買って失敗したら、お客さんもお酒もかわいそう」だから。試飲システムの副産物で生まれたのが熟成酒を飲み比べできる『こだまのねんりん』。試飲用の残りを“保管”していたらおいしく“熟成”していたそう。
開栓後熟成の深淵なる世界へ
予約制の『こだまのねんりん』。夏は24時間冷房の常温倉庫で保管した生酒の熟成酒60mlと、同じ銘柄の新酒30mlを飲み比べできる。「冷蔵ではなく常温で熟成するからこそ出る熟味もあります」。お味噌など簡単な酒肴も用意。
『地酒屋こだま』店舗詳細
日本酒の街として歩んできた道
2000年代のあの頃。「淡麗辛口」へのカウンターのような形で、フルーティーで芳醇な日本酒が猛烈な支持を得ていた。ほぼ時を同じく、山形の銘酒「十四代」を推す『串駒』を筆頭に、大塚は日本酒の街として知名度が上昇。やがて『酒蔵きたやま』や『江戸一』などと合わせて有名4軒が「大塚四天王」と呼ばれるまでに。お隣の駒込育ちで、当時を知る『でんや御馳走』の渡辺直樹さんは「大塚はチェーン店が撤退する個人店の多い街。南口には日本酒を扱う小さな実力店が多かった」と振り返る。
日本酒の街としてしっかり耕された大塚は、2010年代序盤にも多様な店が展開。「生ハムと燗酒の『29ロティ』さんや大吟醸が豊富な『ぐいのみ大』さんなど、特色がしっかりある店が増えていきました」と『Hana』の料理人・花岡賢さん。自身も2010年から13年間、「大塚はなおか」という居酒屋を営み、当時の空気感に詳しい。「日本酒で勝負するなら大塚、という雰囲気があった。でも、お客さんも舌が肥えているので、本当に酒を見極められる店じゃないと生き残れません。10年代後半は、日本酒メインの新規店が定着していない印象でした」。
もっと気軽に、女性一人でも入れる日本酒の店を、との想いで『Hana』をオープンさせたのは2022年。「大塚の日本酒シーンが、やや男っぽい世界観に傾いていた気がしていました。もっと自由で日常使いできるお店があっていいと思ったんです」と、店長の和田静佳さん。
宮崎から上京してウン十年、大塚で飲み歩いてきた『尾鈴』の三好三紀子さんも、かたっ苦しいウンチクは嫌い。左党垂涎(すいぜん)、珍しい地方酒が揃うのに、だ。「淡麗から濃醇まで全部好き。とやかくいわず、うまけりゃいいじゃんって性格なんです(笑)」。
日本酒の街という肩書に胡坐(あぐら)をかいてはいない
かたや、『HuQu』の石山健さんは、移転先を探す前まで、大塚に来たことがなかった。「日本橋で始めたお店が移転することになり、たまたま日本酒仲間のツテで大塚の物件を紹介してもらった。大塚はラーメンと日本酒の店が多い印象。であれば、昼はラーメン、夜は日本酒をやっている自分の店を開業するのはアリだと思ったんです」。
競合店が多いほど切磋琢磨できるし、情報交換もできる。大塚で石山さんが頼りにするのが『地酒屋こだま』の児玉武也さんだ。「月ごとにコースメニューの内容を変更するのですが、イメージに合う日本酒を毎月児玉さんに相談しに行っています」。
この街で15年、酒販店を営む児玉さんは「日本酒の聖地という意識はさほどない」という。
「そう呼ばれるのはうれしいし伸びそうな新店はぽつぽつとあります。でも日本酒の街の肩書に安穏としてちゃいけません」
もっと大塚に人を呼びたいとの思いから『地酒屋こだま』を含む5軒で7年前から始めたのが、「大塚sake walk 」(2025年は10月5日に終了)。事前に参加費を払えば、参加店の指定銘柄が飲み放題となるイベントだ。
「利益はあまりないけど、黒字は均一分配。同じ志でやってくれる店舗さんのみ参加してもらっています。この催しを通し、日本酒を愛する大塚の個人店が盛り上がってくれれば!」
取材・文=鈴木健太 撮影=高野尚人、泉田真人(『HuQu』、『でんや 御馳走』)
『散歩の達人』2025年11月号より





