名店の味を引き継ぎ 、100年後にも柏に残るカレー屋を目指す

柏駅東口から徒歩5分。真っ白な屋根に淡く浮かぶ『ボンベイ』の文字と、鼻をくすぐるスパイスの香りが出迎えてくれる。

屋根も壁も、看板まで真っ白な外観。
屋根も壁も、看板まで真っ白な外観。

中に入ると、ブロックむき出しの壁にL字カウンターとテーブル席。まるで秘密基地のようなワイルドな雰囲気だ。

店内の壁にはサインやさまざまな絵が飾られている。
店内の壁にはサインやさまざまな絵が飾られている。

入り口からすぐの券売機で食券を購入する。スパイスの香りが立ちこめる様子から、どれを食べてもハズレはナシと見たがそれゆえに迷う……。

創業当時からあるカシミールカレーは今でも人気ナンバーワンだ!
創業当時からあるカシミールカレーは今でも人気ナンバーワンだ!

この店は1968年に創業したカレーの名店「柏ボンベイ」のレシピを引き継いで2010年オープンしたという。現在は、「柏ボンベイ」の当時からあるカレーと、現在の店になってから加わった新メニュー両方が提供されているらしい。

「そうなんです。『柏ボンベイ』で提供されていたメニューは当時のままのレシピで提供しています。今ある新しいカレーも、初代のマスター・鈴木忠夫さんが残してくださった手書きのレシピから派生したもので、そこに私のエッセンスを少し加えて作っています」と話すのは、店主のイソノコウイチさんだ。

伝統を引き継ぎつつ、「100年後にも柏に残るカレー屋として挑戦し続けていく」という目標を掲げている。

体中の毛穴から汗が噴き出す! 激辛カシミールカレー

『カレーの店ボンベイ 本店』で提供するのは全12品。そのうちキーマカレー、コルマカレー、トマトカレー、マウンテンは、イソノさんが開発したメニューだ。

魅力的なカレーばかりだがまずは看板メニューをいただきたい。というわけで、カシミールカレー1000円をオーダー。極辛口だそうで、完食できるか不安だが食べてみよう。

ただの辛口ではなくて、極辛口。見ているだけで鼻の頭に汗をかきはじめた。
ただの辛口ではなくて、極辛口。見ているだけで鼻の頭に汗をかきはじめた。

「カシミールカレーは『柏ボンベイ』を代表する人気のメニューですが、開店当初は『あまりにも辛くて食べられないだろう』と、メニューに載せていなかったそうです。そのうち、お客さんからのリクエストがあって、あれよあれよという間に名物になってしまったそうです」

ルーはサラリとしているが、ベースにはしっかり炒めた大量のタマネギが使われ、濃厚で奥行きのある旨味が詰まっている。

見た目はシャバシャバのルー。濃い色のルーがいかにも辛そうだ。
見た目はシャバシャバのルー。濃い色のルーがいかにも辛そうだ。

「うちには10種以上のスパイスを調合したミックススパイスがあるのですが、カシミールカレーはさらに数種のスパイスを足しています」

辛さだけでなく、さまざまな味と香りの層がひと皿に収まっているのだ。

よく煮込まれた大きな鶏もも肉とジャガイモ。ゴロンとして食べ応えがありそうだ。
よく煮込まれた大きな鶏もも肉とジャガイモ。ゴロンとして食べ応えがありそうだ。

これはおいしそうだ! 急いで席に戻って、カシミールカレーがやってくるのを待った。

付け合わせのタマネギとキュウリの酢漬け、ごはんとともにテーブルへ到着。
付け合わせのタマネギとキュウリの酢漬け、ごはんとともにテーブルへ到着。

スパイシーな香りがして、アルマイトの皿に盛り付けられたルーがどんどん筆者に近づいて来るのがわかった。ああ、早く食べたい!

 

ルーをかけると、ごはんの上にとどまらず、すぐ奥へ染み込んでいくほどシャバシャバだ。
ルーをかけると、ごはんの上にとどまらず、すぐ奥へ染み込んでいくほどシャバシャバだ。

ひと口食べてみると最初は甘くまろやかで拍子抜けしたが、それから5秒後、口の中が燃えるように熱くなった。うお〜、辛い!

次はゴロンと大きめの鶏もも肉に着手。スプーンがスッと入りホロリとほぐれる鶏肉を、硬めに炊いてある白米とよく絡めて口へ運ぶ。

ん〜! 最初のまろやかさは何だったのだろうとうらめしく思うくらい辛い! 顔に噴き出す汗をハンカチでぬぐいながら、ひとさじずつ口へ運んでいく手が止まらない。

辛い! 口が痛い! でも食べたい。ときどき付け合わせを間に挟みながら完食する。

キューッと冷たい水を飲むと、まるで湯上がりのような爽快感。これは“ととのう”ってヤツでしょうか!?

食後は胃から元気になり、心なしか体が軽くなったような気がした。

柏市民が誇るスパイスカレーの元祖、1968年創業のカレー店「柏ボンベイ」とは?

ところで、「柏ボンベイ」はどんな店だったのだろうか。「柏ボンベイ」店主の妻で現在はこの店で働く鈴木馨子(すずきけいこ)さんに話を聞いた。馨子さんは毎週日曜の昼間だけ出勤し、常連さんとの交流を深めている。

いつも元気に働く鈴木馨子さん。
いつも元気に働く鈴木馨子さん。

「主人は上野の刃物屋さんで働いていて、そこにいろんな職人さんが出入りしていたのです。それで湯島にあった『デリー』のコックさんと仲良くなって、カレーの作り方を教えてもらったそうです」

シャバシャバとしてスパイスが際立ったカシミールカレーとチキンカレー、インドカレーのレシピを伝授されたが、1960年代はドロッとした欧風カレーが主流だった。そのため、欧風ルーのポークカレー、ビーフカレー、シチュードカレーを独自に考案し、メニューに追加したという。

初代店主・鈴木忠夫さんの写真がさりげなく店内に飾られている。
初代店主・鈴木忠夫さんの写真がさりげなく店内に飾られている。

馨子さんは「柏ボンベイ」と同じビルの2階にあった会社で働いていて、毎日のようにチキンカレーを食べていた。そして、忠夫さんの「お嫁にくればチキンカレーが食べ放題だよ」というプロポーズに応えて結婚。年の差14歳のカップルだった。

幸せな結婚生活を夢みていたが、結婚当初、店は連日の閑古鳥で生活するのに苦労したそうだ。

「うちのカレーはシャバシャバしているから『なんだ、この味噌汁みたいなカレーは!』とか、『カシミールカレーが辛すぎて食えない』と、お客さまに叱られることもありました」と、当時を振り返る。

店内の壁には旧店のファンだった漫画家・江口寿史さんのリトグラフも。
店内の壁には旧店のファンだった漫画家・江口寿史さんのリトグラフも。

転機が訪れたのはオープンから5年後の1973年。駅前に「丸井」や「そごう」、『高島屋』といった百貨店が開業し、そこで働く人たちの口コミやマスコミによって知れ渡り、行列ができる柏の人気カレー店となった。しかし、2005年には高齢のため惜しまれつつ閉店。その後、忠夫さんは病に倒れてしまい、闘病の末2008年に永眠した。

その頃、柏駅東口にあった「Cafe×マ」に足繁く通っていた馨子さんは、店主だったイソノさんと出合う。カフェで「柏ボンベイ」のドライカレーやチキンカレーを提供しはじめたのをきっかけに交流を深め、2010年に馨子さんは店に関する一切のことを譲渡することになった。

現在はイソノさんによる『カレーの店 ボンベイ本店』に加え、『ボンベイ西口店』『カレーの店 ボンベイ タカシマヤフードメゾン おおたかの森店』のほか、東京都内にも進出。ECサイトではレトルトカレーも販売しており、全国どこででもこの店のカレーが味わえるようになった。

しかし、やはりはじまりの地・柏にある本店で食べたい! 次はイソノさんオリジナルのトマトカレーや、馨子さんが「チキンカレーの次にお気に入り」と語ったボンベイカレーをオーダーしてみようかな。

 

 

住所:千葉県柏市柏3-6-16 磯野ビル1F/営業時間:11:30〜21:00/定休日:なし/アクセス:JR常磐線・東武鉄道東武アーバンパークライン柏駅から徒歩5分

取材・文・撮影=パンチ広沢