お話を伺った人 

佐々木友紀さん

1978年、青森県生まれ。大学卒業後、故郷で高校の英語教師、フリーランスでEC管理などを経て、東上野の『ROUTE BOOKS』で勤務。2019年に書店『YATO』をオープン。

本からはじまる文化交流の場

佐々木さんが書店『YATO』を開店したとき、「こういう店は中央線沿いにつくったほうがいいのでは」とよく言われたという。店主が独自の視点で選んだ本が並ぶ、いわゆる独立系書店とよばれる個人店は、たしかに東京の西側に多く点在している。

「ご指摘はごもっともかもしれませんが、だからこそ東側でやることの意義があると思っています」

『YATO』に並ぶ本は新刊書が9割、古書が1割。
『YATO』に並ぶ本は新刊書が9割、古書が1割。
東京の東側、蔵前橋通り沿いに店を構えた。
東京の東側、蔵前橋通り沿いに店を構えた。

『ORAND/OUET』は、1階がカフェ、2階がイベントスペース。

「『YATO』のほうがどんどん本が増えてしまって、新刊トークイベントなどができる空間がなくなってきたんですね。だから新しいスペースがほしかったんです」

『ORAND/OUET』の内装はプロに教わりながらも自らでてがけた。
『ORAND/OUET』の内装はプロに教わりながらも自らでてがけた。

当初、佐々木さんは映画館をつくりたかったという。

「でも墨田区菊川に『ストレンジャー』という映画館ができたんです。だったら僕はお客さんとして応援したいし、この街にないことをやったほうが住む人にとっても、街にとってもいいと思いました」

いざ開店してみると、地元の人だけでなく、遠方からもお客さんが来てくれた。

浅草からも近く、スカイツリーの足元。静かな細道にある。
浅草からも近く、スカイツリーの足元。静かな細道にある。

「カフェに来てくれた人が、2階で展示をしてくれたり、良い出会いが続きました。本屋は本に興味がある人しか来ませんが、カフェの場合はふだんあまり本屋に行かない人も来てくれるので、かなり幅が広がった気がします」

カフェメニューは、確かな素材を使い、身体に良いものを意識的に出している。

「それも表現のひとつだと思っています。自分の理想を、提供する食事や空間で表現する。本を毎日買うことは困難ですが、カフェは毎日でも行けますし」

BLTE 970円。
BLTE 970円。
バヴァロアショコラ チェリー添え1100円。
バヴァロアショコラ チェリー添え1100円。

2階のイベントスペースでは開店以来、新刊トークイベントをはじめ、演劇を上演したり、フリマを開催したりと、空間を自由自在に活用している。佐々木さんにとって、“文化の発信拠点”とはどんな場所なのだろう。

「まずは気分が良くなる場所だといいなと思っています。自分を大事にして、良い気分でいること。まず自分が心地良く生きていないと、他者を尊重するのも、社会に関心を持つことも、難しいときもある気がしています。カルチャーの射程はすごく広くて、ごはんをつくったり、食べたり、買いものをすること、生活そのものがカルチャーや政治にもつながっていると思うんです。その中心に本があるイメージ」

書店という母体から生まれたカフェとイベントスペースは、お客さんを巻き込みながら、試行錯誤を繰り返していく。

ORAND/OUET

元喫茶店の建物を、1階はカフェ(ORAND)、2階はイベントスペース(OUET)に改装。1階は落ち着いた色彩の内装で、読書や思索に静かに集中できる。軽食からスイーツまでメニュー豊富で、どれも丁寧につくられた逸品揃い。呼吸が深くなる心地良い空間だ。

住所:東京都墨田区吾妻橋2-11-5/営業時間:12:00~19:00/定休日:水・木/アクセス:地下鉄浅草線本所吾妻橋駅から徒歩3分

YATO

入り口には生活、建築、エッセイなどやわらかめの本、奥へ分け入るほど哲学や歴史といった人文書が並ぶ。じっくり棚を見ようとすると、1回の来店では難しく、何度も訪れて宝探しのごとく徘徊するお客さんも多数。長く読み継がれる、大切な一冊が見つかるはずだ。

住所:東京都墨田区石原1-25-3/営業時間:14:00~21:00(日は13:00~20:00、月・火は予約制)/定休日:水・木/アクセス:地下鉄大江戸線両国駅から徒歩5分

取材・文=屋敷直子 撮影=佐藤侑治
『散歩の達人』2025年8月号より