種類豊富で目移り!絶妙なおいしさの総菜パン
『タケウチ製パン』があるのは京急本線の梅屋敷駅を出て第一京浜(国道15号)を渡り、商店街の梅屋敷東通りを突き進んでいった、産業道路の近く。商店街の端にあたり、近辺は店よりも住宅、マンションのほうが多い。
辺鄙な場所に思えるが、昼近くになると客が途切れることなくやってくる。平日よりも土・日のほうが客が多いそうだ。地元住民に愛されている証しである。
メインの商品は総菜パン。玉子、きゅうり、ツナ、ポテトサラダ、焼きそば……とにかく種類が多くて目移りしてしまう。その中から定番のツナドックを選んだところ、これがたまらないおいしさだった。
ふわっと甘めなパン生地に挟まれたツナはとにかくぎっしりで、気をつけて食べないとあふれてしまう。ツナの味つけが絶妙で、マヨネーズのコクがちょうどよくてしつこくなく、いくらでも食べられそう。なんの変哲もない普通のパン。ただし、それは上等な普通なのだ。
変わらぬ味の秘訣は自家製マヨネーズ
『タケウチ製パン』は現在、店主の草間豊治さん、豊治さんの母の日出子さん、妻の富美子さん、弟の章宏さんと、4人の家族で営まれている。弟の章宏さんは2022年、店をリニューアルしたときから手伝い始めた。
開業は1965年、新潟から出てきた初代の達雄さんが始めた。草間姓なのになぜ「タケウチ」かと思えば、達雄さんの修業先が大崎広小路にあった「竹内製パン」。そこからの暖簾(のれん)分けなので「タケウチ」なんだとか。
駅に向かう通りであるため朝は通勤客が、昼は近隣の町工場で働く人たちがパンを買い求めた。食事として食べるものだから、当時から総菜パンがメイン商品だった。当時はこの商店街の端にも店舗が並び、今よりもにぎやかだった。
現店主の豊治さんは高校生時代から店を手伝っていて、後を継ぐことは既定路線だったという。しかし、大学を卒業して本格的に店をやるようになった矢先、父の達雄さんが急死してしまう。豊治さんが26歳のとき、1993年のことだ。
いきなり母と2人で店を切り盛りすることになり、当時は体力的にも精神的にも、かなり苦労したという。ただ、常連客が変わらず通ってくれ、すでに豊治さんが製造を引き継いでいてパンの味も変わらず提供できたため、ピンチを乗り越えることができた。
変わらぬ味の秘訣は、パンのほかにもうひとつ、マヨネーズにもあった。『タケウチ製パン』は昔からマヨネーズは自家製。総菜パンに多く使われるマヨネーズを変えなければ、『タケウチ製パン』の味は、ちゃんと守ることができる。ツナドックのおいしさも、この自家製マヨネーズによるところが大きそうだ。
それは売れ筋のたまごドック、きゅうりドック、ポテトサラダドックも同じだ。たまごはマヨの風味で旨味が増し、きゅうりの爽やかさにプラス奥深さを与え、ポテトサラダはまろやかさを引き立てる。個人的には甘いポテトサラダが苦手なので、酸味がちょうどいいこのポテトサラダは大好物だ。どこにでもありそうだが、実はあまりないおいしさなのである。
最初からやっていたことを、質を落とさないように
豊治さんは、高校時代に手伝っていたときから数えると40年、パンを作り続けてきた。長い年月、ずっと同じことを続けるためのモチベーションを聞くと「特にないんです」。その言葉に続け、理由を語ってくれた。
「不思議だけど、パンをこうしたいとかああしたいとか、あまりないんです。小学校の頃から少しずつ手伝っていて、そのままパン屋になったというのもあると思うのですが。
開業前後、要するに体も動けてバリバリやっていた全盛期の父の姿を、年齢的にあまり知らないんです。知っていればそこに近づこうとか思うのでしょうけれど、それがないので、最初からやっていたことを質を落とさないように、ここまで続けてきました。私の立場では、それが大切なんだと思います」
淡々と、その店の味を守り続けていく。だからこそ、私たちは変わらぬおいしさを楽しむことができる。豊治さんの考え方は、パン屋の2代目としては、きわめて正しいものなのだろう。
そんな豊治さんは、毎日、パンを作りながら「おいしくなれ、おいしくなれ」と願いながら作っているという。味を守る姿勢、込められた気持ちがあるからこそ、『タケウチ製パン』のパンは、おいしいのである。
取材・撮影・文=本橋隆司






