1本からでも連れて帰りたい『NOT FLOWER』
以前は小料理屋だった推定築70年以上の二階屋で2023年1月にオープンした生花店。一瞬戸惑う店名は、「お花にもこの店にもストーリーがある。“花だけじゃない”って気持ちで名付けました」と加藤美咲さん。大田市場で買い付ける花は1本でも存在感のあるものばかり。直接手に取って選ばせてくれるのがありがたい。1本400円~。
13:00~17:00、営業日はInstagramで要確認。
☎なし
小さい幸せをくれる、ほんのり甘いひととき『Petit Bonheur(プチ ボヌール)』
2017年に開店し、その近所へ2024年に移転した焼き菓子店。栄養学を学んだ店主の岩上康代さんが、国産材料に極力こだわり、添加物を使わず体に優しい素朴な味わいのクッキーやスコーン、マフィンやケークサレなどを提供する。8席のカフェスペースもあり、各10種類ほどあるお手製の飲み物やスイーツで甘いひとときを。
12:00~19:00(店内飲食は~18:00LO)、月・火・水休。
☎090-8445-2017
長屋で生まれる洗練されたエコな革小物たち『totokoko(トゥートゥーコッコ)』
歴史ある七軒長屋に入居する革バッグと小物のアトリエショップ。もともと立花の工房にいたが「お店を作って、商品に触れてもらうことができ、世界観を出せるのがうれしくて」とデザイナー兼職人の工藤智未さん。革のはぎれを絞り染めにしたりポシェットにしたりと、革を有効活用した商品が魅力的だ。2WAYポシェット キューブ1万5400円ほか。
11:00~18:00、火・水休。
区内唯一の溶解炉が育むものは……『岩澤硝子』
大正6年(1917)に江東区で創業し、戦後現在地で再開したガラスメーカーで東京都指定伝統工芸品「江戸硝子」の窯元。本社2階の工場には墨田区唯一の溶解炉が鎮座し、約1500℃でガラスを溶かしている。20人以上の職人が丹精込めて作るのは、江戸前すり口醤油注ぎをはじめ、モダンなFUTATSUKIシリーズなど多彩にある。在庫があれば直売可。
9:00~17:00、土・日・祝休。
☎03-3616-0401
そばのことならおまかせ!『霧下そば本家』
安永元年(1772)、妙高高原で創業し、1953年より文花で営むそば粉製粉所。国内外の産地から玄そばを仕入れ、約60台もの石臼で時間をかけて挽き込む。東京の名立たるそば店御用達だ。8代目の田光誠さんファミリーが出迎えるポップな内装の事務所では、そば粉のほか生麺や乾麺、ソバ茶、ソバの実も直売。娘の葉奈さん作の月替わりパッケージにもご注目。
9:00~17:00、土・日・祝休。
☎03-3617-4197
路地で待ち受ける看板群の甘い罠?『喫茶 白蛇伝』
地元っ子の吉井ひとみさんが実家の一部を改装して2021年にカフェを開店。路地に並ぶ達筆な看板はなんと手描きで「江戸文字を28年習ってます!」。気になる店名は、小学校で観に行った日本初のカラー長編アニメ映画のタイトルだとか。しっかり固めに蒸したプリン、バターが香る焼きたてのワッフルが自慢。平日は9歳下の弟さんが営業することも。
土・日の10:00~17:00に営業。
☎090-3875-2196
飾りたい人も、被りたい人も『仮面屋おもて』
「仮面作家の作品を売りたい」とオーナーがネット販売を経て2016年に開店。文字通り個性豊かな仮面でいっぱい。「扱っている作家さんは約20名。でも最近は仮面の無料引き取りを始めて国内外のさまざまな仮面が、置き場に困るほど集まってます」と店長の相沢僚一さん。手にするのは画像と3Dスキャンのデータで作った超リアルなオーナーの仮面だ。
土・日の13:00~18:00に営業。
☎070-5089-6271
お酒愛がにじみ出るセレクトと料理『Amarillo.(アマリロ)』
長らく居酒屋だった古民家が、2021年にモダンな飲み屋に変身。店主はお酒好きな天坂裕香さん。自ら酒蔵に赴き入手した日本酒や、目利きがセレクトしたワイン、クラフトビールと出合える。お供の料理も実力派。有機野菜をふんだんに使い、カジュアルながらも薬膳を意識し、酒粕を使うなどひと手間かけた品々だ。腹ペコなら酒粕と春菊のチキンカレー1100円を。
16:00~22:00LO、月・火休。
☎03-4362-8710
優しいおせっかいを焼いてくれる街
観光地でもないこのエリアの名物ってなんだろう?
まずは東武亀戸線かな。5駅をつなぐこぢんまりした2両編成は、遊覧鉄道のようで乗るもよし、眺めるもよし。沿線の立花、文花には墨田区が誇る貴重なガラス工場があるし、江戸時代創業のそば粉一筋の製粉所ではいろんなそばを入手できる。ものづくりの現場が身近なのも大事にしたい街のよさ。
『Petit Bonheur』はおしゃれな今風のスイーツカフェ。だけど老いも若きも訪れるのが下町的安心感。「時間によっては居酒屋みたいになることも。お客さん同士でしゃべっちゃって」と、店主の岩上康代さんが笑う。
京島の踏切脇では、一見花屋に見えない『NOT FLOWER』を発見。店主の加藤美咲さんは「面白い街があるよと聞いてやって来ました。古い建物がよく使われていて、みんなDIYしてるんですよね。街の人は“ザ・下町人情”って感じで、『値段書いた方がいいよ』『看板付けないの』と優しいおせっかいを焼いてくれます」と話す。
京島のシンボル・マンモス公園の巨大滑り台。そのダイナミックさは大人も興奮、度胸試しに滑ってみたくなる。
「かつてはビスケット工場でした」と教えてくれたのは、すぐ裏の路地の一軒家で『喫茶 白蛇伝』を営む吉井ひとみさん。こちらは昔四軒長屋で、お母さまがもんじゃ屋を開いていたとか。「父の方は映画館のフィルム運び。この辺りは4、5軒映画館があったんです。父は亀戸から戦争で焼け出されて来て、この辺りはそんな人が集まったそうです。路地も子供がギューギューになってベーゴマで遊んでました」。昔を知る地元っ子から思い出話を気軽に聞けるのも街の財産だろう。
来訪者の気をゆるませる奇跡の路地裏
だが、何と言っても名物と言えば、迷路のように入り組んだ路地や曲がり道とそのあちこちに息づく年代物の長屋や一軒家。素敵に手を加えられ、商店にアトリエにと活用されている。
『仮面屋おもて』は、昔ながらの急傾斜で踏板の狭い階段にワクワク。
まさに“長”屋な七軒長屋に2024年オープンした『totokoko』は、元居酒屋のカウンターを生かし、お客さんがステンレス板で仕切りを作ってくれた。京島の芸術家・ヒロセガイさんが手掛けた内装は、カラフルで柔らかな革バッグや小物を引き立てるクールな印象。なのに、「おばさんが『ベルト穴をつけてくれ』と飛び込んで来たり『ワッペンをつけてほしい』とおじさんに頼まれたり。この街の人は距離が近くてチャーミングです」と、ほほ笑む工藤智未さん。
たしかに、キラキラ橘商店街で買い物をしても、ミニ広場でひと休みしていても、何気ない路地でも、知らない人と自然と会話が弾んだっけ。訪れる者の気をゆるませ“にわかご近所さん”にさせてくれる京島マジックか。
そんなちょっと秘境的だった下町の住宅地にも今、民泊が出現してきていると教えてくれたのは、『Amarillo.』の天坂裕香さん。「店を始めた2021年は『なぜこんな場所で?』と言われたんです。基本、住宅地だから外へ出て帰って来る街なんですよね。でも、街を歩く人が増えた気がします」。変化も楽しみつつ、私もいくらでもさまよっていたい。
取材・文=下里康子 撮影=高野尚人
『散歩の達人』2025年8月号より





