竹ちゃん・アルプス系は20代のころに大変お世話になった酒場のひとつで、西新宿『やまと』の「やまと鍋」は何十杯食べたか分からないほど大好物。新宿で飲んだ時の3、4次会は100%打ち上げ会場になっていた。
渋谷の『すみれ』は誇張抜きで、ほぼ毎日飲みに行っていた。歓送迎会、合コン、結婚式の打ち合わせもやったが、一番の思い出は3・11の時に電車が止まってしまったので、運転再開まで友人とずっと飲んでいたこと。
今はシブい大衆酒場ばかり行っているが、私の根底にはこんなチェーン酒場の愛と思い出が大いに詰まっている。
以前、湯島にある『岩手屋 本店』を訪れたのだが、ここがまた素晴らしい酒場だった。その素晴らしさは外観から始まる。白壁に瓦屋根、おぼろげな赤ちょうちんと縄のれん。店内はさらに息をのむようなシブさで、カウンターに壁、照明やイスのひとつひとつから歴史を感じる。そこでいただく料理も最高で……。
シブい店やチェーン店に関係なく、そんな酒場の“支店”や“姉妹店”に行ってみたくなるのは呑兵衛としての使命だ。本店から歩いて1分、走れば30秒という近距離に、その店はある。
出たっ、『岩手屋 支店』だ! その地域名を含めた『〇〇店』なんていうのはよくあるが、単に“支店”というのを店名に入れているのは珍しい。思いつくのは上野『大統領 支店』や赤羽『立飲みいこい 支店』くらいか……。
本店に負けずと劣らず、迫力の外観。“みちのく銘酒 菊の司”と、岩手県最古の酒蔵の文字と並んで“奥様公認酒蔵”という、店側から断言された紫色の暖簾(のれん)が美しい。建物自体は新しいが、ほとばしる鎮座感が、すでに私の心をつかんで離さない。
このまま眺めていたい気持ちもあるが、帰りにもう一度眺めるとして中へ入ろう。
くううううっ……! 言わんこっちゃない、なんたる素晴らしい内観だ。入って目の前の“くの字”カウンターはすでに常連らしい客で仕上がっている。それを囲うようにテーブル席が数席と奥には小上がり、小料理屋風の照明と装飾が、既にたまらんくらいに落ち着きを放っている。
運よく、その光景を眺めることができるテーブル席に座れた。これはひょっとして、本店より好きな雰囲気かも……いや、そこまではどうだろうか。下手したら、酒を飲まずとも酔えそうな圧倒的な光景だが、気持ちを落ち着かせる意味でも酒をいただこう。
これまた、なんて瓶ビールが似合うテーブル柄なんでしょう! “おばあちゃんち小グラス”に麦汁を注ぎ込み、いざ、“支店飲み”といきます。
ぐびんっ……ぐびんっ……ぐびんっ……、してええええんうんまああああっ! 瓶ビールのうまさには本店も支店もない。ああ、もうこれで帰ってもいいくらいに満足したが、そうはいかない。ホワイトボードのメニューを吟味、まずはこの子からいただきしょう。
「さんま千枚漬け」は、しめ鯖のようなシットリとしたビジュアルで、すらりとのびた身は碧色と銀色のグラデーション。
ネッチリとした身はほのかに酢で締まり、咀嚼する度にさんまの旨味が染み出てくる。昭和の名人“古今亭志ん生”師匠が「干物では 秋刀魚は鯵に かなわない」と 川柳を詠んだが、こちらに関してはさんまに軍配を挙げさせていただきたい。
続いて薄緑に焦げ目が鮮やかな「千住ねぎ」がやってきた。ぱっと見は普通のネギ焼きのようだが……。
うまいっ! しゃくしゃくとみずみずしいネギからの、とろりとした旨味がたまらない。かすかな塩味が利いており、何も付け足さず、そのままカブリつくのが正解。
タイミングよく「タンとカシラ」も届いた。こちらも焦げ目がしっかりだが、どことなく上品さがうかがえる。
うっすらとピンク色が残るタンの、コリシコとした歯触りがいい。ムチムチとしたカシラは、噛みつくとジュワリと肉の脂がしたたり食い応え満点。どちらも肉の質によっては臭みが残る部位だが、君たちはまったくもって清浄無垢。
「カンパーイ」
カウンターの常連客同士で、乾杯の声が上がった。いいですねえ……マッタリと、小さな“くの字”カウンターを囲んでいる光景がいい。チェーン店に入り浸っていた時のことを思い出す。あの時はバカ騒ぎだったが、乾杯の意味合いは、なんら変わらないのかもしれない。
これまた傑作! 「納豆きつね焼き」は、まるで職人が作った工芸品のような見た目の美しさよ。豆でパンパンに膨れ上がった油揚げのエンガワ……焦げているが、それがなんともうまそうじゃないか。
「カリッ!」という油揚げの快音を響かせ、中からは温かいひきわり納豆がモリリと漏れ出す。おもしろいのが、納豆に刻んだ柴漬けが混ざっているところ。甘酸っぱい柴漬けと淡泊な納豆が絶妙に合う。これはあったようでなかった発見、間違いなく、晩酌のアテにパクらせていただく。
酒場の“締め”に「焼きおにぎり」がある日本に生まれてよかった。「私、香ばしいですよ」と語りかけてきそうなほど、見事にこんがりと焼きあがった焼きおにぎり。さり気なく、大葉を化石のように焼き上げているところが素敵だ。
決して焼き過ぎず、決してしょっぱ過ぎない絶妙なバランス。中身はさらりと醤油色が混じったほっかほかの白飯。酒場で“締め”はあまりしないが、たまにはこんなのがいい。
“締(し)め”と“諦(あきら)め”の字は似ている。まだまだ居酒したいが、客で混み始めたので“諦めて”酒座を空けますか。
もう、なにも言うことはございません。
「酒場って飽きねえなあ」と思う瞬間が、こういう時。巨大チェーン店でもシブい支店でもいい。そんな時間がいつまでも在り続けてほしいと切に願うのだ。
よし、このまま、また本店に行っちゃおうかしら……。
岩手屋 支店(いわてや してん)
住所: 東京都文京区湯島3-37-9
TEL: 03-3831-9317
営業時間: 16:00~22:00(土は~21:00)
定休日: 日
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取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)