モンゴル国
東アジア北部の広大な内陸国。かつてはユーラシアの大半を支配した。日本には2万2252人が在住。留学目的が4729人と最も多い。ほかに一般的な会社員とその家族、技能実習生など。東京をはじめ埼玉、千葉、神奈川の首都圏に1万2000人以上が暮らす。
モンゴルの食文化の中心ともいえる「羊」
「私たちも足立区にこれだけモンゴル人が多いってはじめは知らなかったんですが」
と『GER NOMADS(ゲルノマド)』の店主、ウルトナサンさんは言う。
「やっぱり家賃が安いことがあると思います。それに、足立区はUR(都市再生機構)が多いので」
URが運営する集合住宅は、礼金や仲介手数料などがなく初期費用が安いこと、それに保証人がいらないので来日したばかりの外国人でも借りやすい、そもそも国籍によって入居を拒否されることがないといった特徴がある。なので外国人が集住する傾向にあるのだが、足立区もそのひとつ。加えて区内にいくつもある日本語学校で学ぶ留学生もたくさんいるのだとか。
ほかにも会社員や、解体、鉄道整備関連などの仕事に就いているモンゴル人が「疲れたので羊を食べに来ました」と言ってやってくるのが、このお店なんである。
「モンゴルでは牛肉も食べますが、それよりやっぱり羊なんです。体を温めてくれるし、疲れが取れる。私も日本で暮らしていて、1週間とか2週間とか羊を食べないと、ちょっと疲れを感じますね」
食文化の中心ともいえる羊を、シンプルに塩で調理するのがモンゴル流だ。その象徴ともいえる、でっかいやつが運ばれてきた。巨大な骨つきの羊肉がゴロゴロ、大ぶりに切られたじゃがいもや人参も添えられ、なんともダイナミックだ。ホルホグという伝統料理で、「ナーダム(夏に開かれるモンゴル最大のお祭り)のときに食べるんです」という。地方だと結婚式などのお祝いの席でも出されるそうだ。本来は広々とした草原で、大きなナベに焼けた石と羊肉を交互に入れて蒸し焼きにする豪快な料理なのだ。
骨の部分を手でつかんで、よく熱の通った羊肉にかぶりつけば、気分は遊牧の民。塩だけの味つけが肉そのもののうまさを引き出しているのだが、お好みでソースにつけるとまたいける。羊のスープをベースに酸味をつけたものだという。一緒に蒸した野菜には羊の風味がのり、くるくる巻いた麺とも羊はよく合う。モリモリ食べているとなんだか力が湧いてくる気がする。
バリエーション豊かな羊料理の数々
羊肉を塩とニンニク、黒胡椒で煮込んだだけのスープも面白い。器の表面を、麺料理にも使う小麦の生地で覆ってあるのだ。これをめくっていくと、アツアツの湯気がモワンと上がる。
「その湯気が体にいいって言われているんです」
たしかにこれは効きそうだ。ニンニクのガツンとした香りと羊肉のエキスたっぷりのスープに、体が温まってくるのを感じる。
さらにごま油風味の羊の胃袋のサラダというのも日本ではなかなか珍しい。コリコリした食感が楽しい。
加えてモンゴルといえば、ボーズを忘れてはならない。タマネギと合わせた羊の挽き肉がみっちり詰まった水餃子だ。かぶりつくと口中にあふれる肉汁がたまらない。
どの料理にも合うのがスーテーツァイという塩入りのミルクティーだ。ほのしょっぱさと牛乳が意外に調和していて、クセになる味なのだ。そして羊の脂を流してくれる。

竹ノ塚にはモンゴルスタイルのミートショップもある!
予想を超える羊三昧だったわけだが、日本人のイメージするような臭みはない。処理がうまいのと、新鮮な肉を使っているからだろう。
「うちはもともと肉屋なんです」
レストランから竹ノ塚駅を挟んだ東側にミートショップ『ゲルマート』があるというのでお邪魔してみれば、こちらはウルトナサンさんの夫が店長を務めているんであった。オーストラリアやニュージーランドから仕入れているという巨大な肉塊が売られていて、いかにも新鮮そうな色をしている。
「これは1㎏2000円」
でっかい肉を抱えてダンナが言う。客のほぼすべてが近隣に住むモンゴル人で、日本人はしゃぶしゃぶ用のスライス肉を買っていくのだとか。冷凍のボーズも売っていて、これは蒸すだけなので使い勝手が良さそうだ。
「日本には2020年に来たんですが、しばらくは貿易の仕事をしてました」
ウルトナサンさんは言う。それから2023年、モンゴル人が増えつつあった足立区に肉屋をオープンした。その後、同じ竹ノ塚で営業していたモンゴル料理店「ヌタグ」から相談を受けるのだ。出産することになり、しばらくは子育てにかかりきりになるだろうから、うちの店を継いでみないか……。そんな話を引き受け、店名を変えて、再スタートしたというわけだ。
しかし来日5年にしては、ウルトナサンさんの日本語はえらく達者だ。聞いてみれば2002年に一度、福井大学で学んでいたことがあるのだという。きっかけは、日本の歌だった。
「『なごり雪』なんです。すごく好きになって」
一度は帰国したが、なじんだ日本でまた暮らそうと再訪したそうだ。
取材時にはちょうど、モンゴル人の若い女性たちが食事に来ていた。話しかけてみると、なんと来日2日目。日本語はまださっぱりだが、これから日本語学校に通うという。
彼女たちのようなモンゴル人が、いま足立区には増えている。ウルトナサンさんからしたら昔の自分を見るような思いなのかもしれない。きっとこの店は、新世代の留学生たちの憩いの場所になっていくのだろう。
取材・文=室橋裕和 撮影=泉田真人
『散歩の達人』2025年5月号より