住みたい家として改装した一軒家を日本茶喫茶に

5つの路線が乗り入れる北千住駅は、交通の便が良い上に周辺には大型商業施設が立ち並ぶ。同時に北千住の街は、地域に根差した商店街が残る住宅地でもあり、学生からファミリーまで、幅広い層の人々が暮らしている。

駅を出てすぐの広々とした踏切、通称「大踏切」を渡り、線路沿いを南へ進んだエリアは、道幅が狭く入り組んだ住宅地になっている。その路地にある築90年の平屋をセルフリノベーションし、2020年にオープンした喫茶店が『KiKi北千住』だ。

閑静な住宅地の一角にある古民家カフェ。黒い外壁に白いのれんや看板が映える。
閑静な住宅地の一角にある古民家カフェ。黒い外壁に白いのれんや看板が映える。

ここではオリジナルの日本茶と、スパイスカレーやホットサンドなどのフードや、テリーヌなどのスイーツが味わえる。お店を運営する高木正太郎(たかぎまさたろう)さんによると、建物は「もともと自分たちが住みたい家として改装した」という。

玄関で靴を脱ぎスリッパに履き替えて店内へ。お店というよりお宅を訪問する感覚だ。
玄関で靴を脱ぎスリッパに履き替えて店内へ。お店というよりお宅を訪問する感覚だ。

「内装や床の改装は、ほとんど自分たちでやりました。小上がりの空間を新しく組んだり、押し入れを客席にしたりしましたけど、できるだけ雰囲気を壊さないようにして。開店前はここに住んでいて、すごい気に入っちゃったんですよ」

高木さん夫妻がこの家に住み始めたのは2018年のこと。デザインに対するこだわりが強い高木さん夫妻にとって、改装可能な物件だったこの建物は、住居にうってつけだった。そんな理想の家を住居から喫茶店にした理由は何なのだろうか。

2人掛けのテーブル席のほか、障子で区切られた小上がりの和室がある。
2人掛けのテーブル席のほか、障子で区切られた小上がりの和室がある。

「当時は子供がいなかったんですけど、いずれ子供が生まれたら引っ越すだろうなと思っていました。それでもここを空間として残したかった、というのが大きな理由の一つ。もう一つは、ここに住んでいたときから仲間内で定期的にやっていたイベントです。好きなものを売ったり、ぼくがお茶を淹れて友達の和菓子職人が造った和菓子をみんなで食べたり。これが意外と人気だったので、その延長で始めた感じですね」

日用品や茶葉を販売する日本茶喫茶という現在のスタイルは、オープン前からできあがっていたようだ。

日本茶と甘味が生む相乗効果を伝えるセットメニュー

住居兼イベントスペースから始まった『KiKi北千住』のコンセプトは“素に戻る喫茶時間と、快い日々をつくるモノ”。そのテーマどおりの心落ち着く時間を過ごすのにぴったりなメニューがKiKiセットだ。

KiKiセットの内容は、①ミニ抹茶またはグラスティー ②メインのドリンク ③甘味または食事(パフェやわらびもち、スパイスカレー、ホットサンドなど) ④ミニレアテリーヌの4品で、おまけの揚げ煎餅も付く。今回は①焙煎紅茶GEKKO ②スパイス煎茶HARE ③KiKiパフェ ④レアテリーヌの抹茶味を選んで注文した。

四角いお盆にセット内容を用意する。急須に煎茶を淹れたら準備完了。
四角いお盆にセット内容を用意する。急須に煎茶を淹れたら準備完了。

焙煎紅茶やスパイス煎茶には、オリジナル日本茶「muica(むいか)」の茶葉を使用している。煎茶は、あえて客席へ運んでから急須で淹れていると高木さんは言う。

「いまは急須が家にないっていうことがよくあって、日本茶になじみのある人は少ないと思うんです。なので日本茶に親しみを持ってもらえるように、こういった形で提供しています」

テーブルへ配膳し、目の前で煎茶を淹れる。このひと手間を惜しまないのが同店の流儀だ。
テーブルへ配膳し、目の前で煎茶を淹れる。このひと手間を惜しまないのが同店の流儀だ。

「muica」の茶葉は現在6種類の展開で、いずれも静岡県富士市にある老舗『富士山まる茂茶園』によるもの。同茶園の5代目、本多茂兵衛さんにお茶のイメージを伝え、試作を重ねてつくり上げたオリジナルブレンドだ。ちなみに『KiKi北千住』での日本茶の定義は「日本の作り手によるお茶」なので、紅茶や烏龍茶などもそろっている。

湯呑みに1杯分の煎茶を注ぐ。残りは自分のペースでつぎ足して、じっくり味わいたい。
湯呑みに1杯分の煎茶を注ぐ。残りは自分のペースでつぎ足して、じっくり味わいたい。

ミニグラスティーの焙煎紅茶GEKKOは、和紅茶にスモーキーな風味をプラスした一品。グラスに注ぐことで、品のある爽やかな香りがより豊かに感じられる。

またフードやスイーツに関しては、高木さんいわく「すべて日本茶のためにつくっている」とのこと。

どれから味わおうか迷うほどボリュームのあるKiKiセット2050円(選ぶ甘味や食事により料金に変動あり)。2種類のお茶と甘味の相性の良さを体験できる。
どれから味わおうか迷うほどボリュームのあるKiKiセット2050円(選ぶ甘味や食事により料金に変動あり)。2種類のお茶と甘味の相性の良さを体験できる。

「パフェだったり、テリーヌだったり、和のスイーツじゃなくても日本茶って意外と合いますよということを伝えたい。なのでメニューを考えるときは、一緒に日本茶を飲んだときの組み合わせ感をすごく大事にしています」

そんなスイーツと日本茶の相乗効果を堪能できるのがKiKiパフェだ。

KiKiパフェは甘すぎない大人のスイーツ。食べ切りやすいサイズ感もうれしい。
KiKiパフェは甘すぎない大人のスイーツ。食べ切りやすいサイズ感もうれしい。

パフェの内容は、炙り最中、自家製ミルクアイス、白玉、和菓子屋のあんこ、ローストくるみ、焙煎紅茶GEKKOゼリー、きなこ、玄米フレーク、自家製黒蜜。ミルクアイスには「muica」の茶葉の一つ、玉露煎茶FUUのパウダーがまぶしてある。

パリパリ食感の炙り最中の皮には、和菓子屋のあんことローストくるみをのせて。
パリパリ食感の炙り最中の皮には、和菓子屋のあんことローストくるみをのせて。

てんさい糖を使ったミルクアイスは、まろやかなやさしい甘さ。直後に焙煎紅茶GEKKOを口に含めば、ミルキーな味わいが加わってミルクティーのようなテイストに。プルプルの紅茶ゼリーにスパイス煎茶HAREを合わせてみると、焙煎香とスパイスの風味が調和する。香ばしい玄米フレークには上品な甘みの黒蜜を絡め、焙煎紅茶GEKKOで締めてパフェの余韻に浸りたい。

パフェの中層を占める焙煎紅茶GEKKOゼリーは、香り高く甘さ控えめ。ミルクアイスと合わせても◎。
パフェの中層を占める焙煎紅茶GEKKOゼリーは、香り高く甘さ控えめ。ミルクアイスと合わせても◎。

抹茶味のテリーヌは、ほろ苦い抹茶の風味とチョコレートのまったりとした甘さがマッチした贅沢な味わいだ。適度な甘みと渋味がある焙煎紅茶GEKKOを合わせるのはもちろん、甘さ控えめのスパイス煎茶HAREも濃厚なテリーヌと相性が良い。

ミニレアテリーヌの抹茶味。生チョコを思わせるなめらかさや、抹茶アイスのような濃厚さがたまらない。
ミニレアテリーヌの抹茶味。生チョコを思わせるなめらかさや、抹茶アイスのような濃厚さがたまらない。

最後は揚げ煎餅をつまみつつ、スパイス煎茶HAREをゆっくり味わう。ローズレッドの花びらのほのかな甘い香り、ジンジャーとクローブによる華やかな風味は、お茶が冷めても健在。これはスイーツに限らず、食事にも合うこと間違いなし。

スッキリとした味わいのスパイス煎茶HAREは、チャイティーに似たエスニック風の香りが印象的だ。
スッキリとした味わいのスパイス煎茶HAREは、チャイティーに似たエスニック風の香りが印象的だ。

日本茶に和菓子という王道の組み合わせもいいけれど、洋菓子を合わせてもいい。先入観を捨てて味わえば、お茶の底知れない可能性に気付かされるはず。

日常の中に日本茶がある光景をつくりたい

ホッとひと息つける空間から独創的なメニューまで、繰り返し訪れたくなる魅力に満ちた『KiKi北千住』。住宅地にある喫茶店ゆえ、お客さんは近隣住民が中心かと思いきや、高木さんによると他県から足を運ぶ人も多いのだとか。

「ここって北千住に住んでいる人もほとんど来ることのないエリアなんですよ。通りがかりで入るような店じゃないので、わざわざ調べて来る価値があるような体験を提供しないといけない。だからこそ目の前でお茶を淹れたり、ほかにはない商品を提案したりっていうのを意識していますね」

店内ではオリジナル茶葉をはじめとしたアイテムを販売。気に入ったお茶を自宅でも楽しめる。
店内ではオリジナル茶葉をはじめとしたアイテムを販売。気に入ったお茶を自宅でも楽しめる。

お店づくりのこだわりだけでなく、高木さんはお店を続けていく上での思いも語ってくれた。

「ぼくは長野の温泉旅館の息子で、もともと和の空間とか日本文化になじみがありました。その中で東京に出てきたり、イタリアに留学したりという経験を経て、いまの日本には海外から取り入れたものが多いと感じて。日本の文化をもうちょっと大事にしてもいいんじゃないかな、みたいな気持ちがあったんですよね」

高木さんが目指したのは、テーマパークのような実在しない日本らしさではない。リアルな生活と日本文化を肩肘張らずにつなげていくことだ。

撮影に協力してくれたのは、スタッフの古木さん。接客からメニューの提供まで笑顔でこなす。
撮影に協力してくれたのは、スタッフの古木さん。接客からメニューの提供まで笑顔でこなす。

「これまでなじみがなかった人たちが、日常的に日本茶を楽しんでいる光景がつくれたらおもしろいし、価値がある。こういう空間で過ごすのって心地良いよね、日本茶とこれを合わせると意外にうまいね、みたいな。それくらいのフィーリングで、自然体でやりたいなと思っています」

歴史ある建物をフル活用した空間で、モダンな日本茶とスイーツのマリアージュを気軽に体験する。そのひとときはきっと、現代人の誰にとっても“素に戻る喫茶時間”になるに違いない。

取材・文・撮影=上原純