ウズベキスタン共和国
紀元前から東西交易で栄えた中央アジアの国。1991年にソ連から独立。日本には6962人が暮らすが、うち半数は留学生。ほかには会社員とその家族が多い。東京都が3674人と最多で、とくに豊島区、新宿区、江戸川区、荒川区、板橋区に集住している。
この店がウズベキスタン人のコミュニティーになっているとある理由
「どちらかというと、ウズベキスタン人は日暮里とか新宿あたりに住んでるんですよ」
と、店主のルスタムジョン・コジエフさん(通称ジョンさん)は言うが、それでもこの店がウズベキスタン人のコミュニティーになっているのには、ちょっとした理由がある。
「僕、ユーチューバーなんです」
日本で暮らしながら、外国人の視点で日本の文化を紹介したり、京都や苗場などの観光地を案内する動画をつくってきたのだとか。
「それに最近、日本にはウズベキスタンの留学生が増えてるんですよ。でも日本とはルールとかマナーとか違うじゃないですか。それも教えたいと思って」
このところ時間がなくてあんまりアップしていないというが、それでも登録者数1万人超えはなかなかにスゴい。在日ウズベキスタン人の間では知られたインフルエンサーなんである。なので動画を見ている人たちも客としてやってくるというわけなのだ。
「美食の街」と名高い、サマルカンドの味つけ
まず驚いたのはラム肉の柔らかさだ。口の中に肉汁があふれる。塩胡椒、クミン、お酢にレモン、ニンニク、そしてなんと炭酸水でマリネしたものを、じっくりと焼き上げている。盛り付けたあと、仕上げにお酢をさっとひと振り。トマトとバジルがベースのオリジナルソースをつけてもまた美味(うま)い。

ウズベキスタンは中央アジアの「〜スタン(ペルシャ語系の言葉で〜の土地、の意)」の国々でも、とくに美食の国といわれる。ロシアあたりでも有名レストランの厨房を預かるのはウズベキスタン人だったりするらしい。シルクロードの途上にあり、古来からさまざまな文化を吸収してきたことも背景にあるのだろう。それに、
「女性は料理できないと結婚できないって文化があって、お母さんがちゃんと教える」
のだという。ジョンさんも料理はするが、一緒に店を切り盛りする妻のザラさんに習ったそうだ。
「最近、やっと慣れてきた」と話すジョンさんの出身はサマルカンドだ。ティムール朝時代の建造物が世界遺産になっていることでも有名だが、
「ウズベキスタンでいちばん料理がおいしい街。お客さんが厳しいし、競争が激しい。おいしくないとお客さん、入らない」
そんな「グルマンタウン」でもあるのだとか。
街の名物はプロフ。中央アジアで広く食べられている炊き込みご飯だ。肉と野菜、スパイスを野菜のスープで炊き込む地域が多いのだが、サマルカンドはちょっと違う。
「ニンジンとお米を混ぜないんです」
別々に調理して、あとから一緒に盛り付けるスタイルだ。
「それと亜麻仁油を使うんです」
ザラさんが言う。その風味と味の染みこんだコメと牛肉、甘く柔らかいニンジンのハーモニーにシルクロードを感じるが、プロフは基本的に金曜日だけで、ほかの日は要予約なのでご注意を。
家庭料理としても親しまれているチュチュバラは、いわばスープ餃子だろうか。中央アジアやロシアにも「餃子文化圏」は広がっているが、ウズベキスタンは皮が薄いのが特徴だ。
「餃子はぜんぶ手づくりです。牛肉のミンチ、たまねぎ、クミンなどを使います」
スープはトマト、パプリカ、ジャガイモ、大根、インゲンなど野菜たっぷり。最後にホワイトクリームをかけて完成だ。ほっと温まる味わいで、冷えた体がほぐれていく。ノンと呼ばれるウズベキスタンのパンを浸して食べるのもいい。
どれも辛さはなく、日本人の味覚によく合う。外国の食文化が苦手な人でも、ウズベキスタン料理はおいしく食べられるのではないかと思う。
いま日本に急増している、ウズベキスタンの留学生
ジョンさんが日本に来たのは2016年のこと。先に来ていた友人から日本の暮らしやすさを聞き、自分も行ってみようと考えた。
「自然が豊かで、空気がきれい、システムが整っていて、忘れ物もちゃんと帰ってくる国」
実際に来日してみて、そんな印象を持った。池袋の日本語学校に通い、1年後にはザラさんも合流。卒業後はアルバイト先だった六本木のバーに就職した。それから独立したというわけだ。
開店から2年ほどが経ったが、いまはさらにウズベキスタンから来る留学生が増えている。日本語学校で学んだあとはたいてい、日本での就職を目指すのだという。ジョンさんのまわりでも、留学後に日本のさまざまな業界で働いている人がいる。
「外資系の会社、銀行、IT系、コンサル、解体の仕事もいれば中古車を扱ってる人もいるし、いろいろですね」
そんな人たちが仕事や勉強の息抜きに、この店にやってくる。お目当ては料理だけではなくシーシャやお酒だ。ウズベキスタンはイスラム教の人が多いが、世俗化していて戒律はゆるい。
「お酒がないと、うちら死んじゃう」
なんてジョンさんは言う。ロシアのウォッカや、ジョージアのワインが人気だそうだ。
ところで、なんでまた綾瀬に店を開いたんだろう。聞いてみれば「六本木時代から住んでるんです。通勤に便利で、安くて住みやすいから」という。
いまではすっかりこの街の暮らしに慣れたようで、ザラさんは仕事の手を休めると、子供を預けている保育ママのところに迎えに行くのだと店を出ていった。開店のときにちょうど生まれた愛娘の名前が、実は店名でもある。
取材・文=室橋裕和 撮影=泉田真人
『散歩の達人』2025年3月号より