薬膳カレーとこだわりの豆で淹れるコーヒーが味わえる

吉祥寺駅北口の駅前から延びる大通り。駅を背にして右側に家電量販店『ヨドバシカメラ吉祥寺店』があり、その裏にはこぢんまりとした味のある店が多数存在していることでも知られている。細い路地にぎっしりと小さな店が並んでいるなか、突如現れる大きな建物。ここが『吉祥寺シアター』だ。施設内には総客席数239名を収容できる劇場があり、上階には稽古場が備え付けられている。

路地を歩いていると突如現れた『吉祥寺シアター』。周辺は夜から営業の店が多いせいか駅近なのに昼間は比較的静か。
路地を歩いていると突如現れた『吉祥寺シアター』。周辺は夜から営業の店が多いせいか駅近なのに昼間は比較的静か。

1階にエントランスとカフェ『吉祥なおきち』があり、観劇をしない人でも自由に利用できるという。開放感のあるテラス席もいいが、ナチュラルなインテリアが並ぶ店内は座席にクッションがあってゆっくり休めそうだ。

ソフトクリームのランプに誘われてカフェの中に入ってみた。
ソフトクリームのランプに誘われてカフェの中に入ってみた。

ドアの近くの席に腰をおろし、店長の矢野朱美さんにこの店のことを聞いてみたら、「ここは2019年4月にオープンしたシアター併設のカフェなんです。薬膳カレーやハンドドリップで淹れるコーヒー、季節によって牛乳の配合を変えるミルクソフトクリームが人気ですね」と説明してくれた。

『イチニチイチソフト』と題し、SNSでソフトクリームを絞る動画をほぼ毎日配信している店長の矢野さん。
『イチニチイチソフト』と題し、SNSでソフトクリームを絞る動画をほぼ毎日配信している店長の矢野さん。

また、オーナーの佐藤うららさんの話によれば、この店は2009年に西東京市内で営業をはじめた小さなカフェ『田無なおきち』が起源となっており、現在は武蔵野市と西東京市に4店舗を展開しているという。

のんびりくつろげる店内は、演劇関係者だけでなく近隣に住む人たちの隠れ家だ。
のんびりくつろげる店内は、演劇関係者だけでなく近隣に住む人たちの隠れ家だ。

「2024年までカフェ運営を任されていた『多摩六都科学館』のカレーがおいしいと評判になり、それを聞きつけた『吉祥寺シアター』を運営する方から取材を受けました。そのときに話した“地元の野菜を使って作ったカレーを、地元の施設で住民に提供するローカルカフェ”というコンセプトを気に入って下さり、吉祥寺でも出店することになったんです」と話す。

吉祥寺にはたくさんのカフェがあるものの、大人がゆっくり過ごせるところは少ない。その点、『吉祥なおきち』は駅近だけど落ち着いた雰囲気で居心地がいいなぁ。貴重な居場所を見つけました。

地域とシアター、制作側と観客をつなぐのがこのカフェの役割

『吉祥なおきち』があるエリアは、商業エリアでありながらすぐ隣は住居があったり、『ヨドバシカメラ』のような大型店もあったりと特殊な地域だ。働く人、住む人、遊びに来る人か混在しているからこそ「このカフェが担う役割がある」と佐藤さんは話す。そのひとつは、このシアターに人を呼び込むことだ。

作品とカフェのコラボは約40回。写真は沖縄をテーマにした作品に合わせ、メニューを開発したときのもの。(画像=店舗提供)
作品とカフェのコラボは約40回。写真は沖縄をテーマにした作品に合わせ、メニューを開発したときのもの。(画像=店舗提供)

「上演している演目にちなんだコラボメニューを作るんですよ。ときには脚本をいただいて、カフェのスタッフで読む。後日、演劇側のスタッフさんと一緒にアイデアを出し合ってメニューを決めることもあります」

メニューだけでなく店頭や店内に写真やポスターを掲示・展示をすることも。佐藤さんにそれってすごく大変じゃないですか? と尋ねると、「シアターの一部としてカフェらしい面白さをどう表現するか、みんなで考えながら創造していくのが私たちの使命のようなものですね」と言って、楽しそうに笑った。

オリジナルのしには、メッセージも入れられる!
オリジナルのしには、メッセージも入れられる!

作品のPRだけでなく、演者・スタッフと観客の間を取り持つのもこの店の大きな役目だ。チケットを買う以外に演者を応援する差し入れに注目をして、カフェ独自のメニューが「さしーれ」だ。

「ファンの方や関係者の方がうちのメニューを差し入れできるサービスで、コロナ禍で楽屋訪問がしにくくなったことをきっかけに周知しはじめました。たとえばうちで提供しているコーヒーやソフトクリーム、お食事券などをチケットで発行し、オリジナルの『のし』を貼った封筒に入れて出演者の方へ贈るんです」

贈られた演者は、公演の前後や稽古の合間など、好きなタイミングにチケットを利用することができて便利。これは劇場ならではのいいアイデアですね!

辛口のスパイスカレーとコクと酸味のハヤシを合い盛りにしたあまから健美食

楽しい話をたっぷり聞かせてもらったら、おなかが減ってきました。『吉祥なおきち』はメニューの冊子から好きなものを選び、自販機で精算するシステムだ。

「15時までランチタイムで、ドリンクとミニミルクソフトクリームが付いてくるのでおトクですよ。今ならギリギリ間に合います!」と矢野さんが声をかけてくれたので、自慢の薬膳カレーと発酵赤味噌ハヤシが両方食べられる、あまから健美食1350円をオーダーした。

電子マネーまたは現金が使える。精算が済んだら紙のチケットをスタッフに渡そう。
電子マネーまたは現金が使える。精算が済んだら紙のチケットをスタッフに渡そう。

赤味噌をベースにした酸味とコクのある発酵赤味噌ハヤシ(甘め)、野菜を皮や種ごとペーストにし小麦粉を使わず調理した薬膳カレー(辛め)は単品でも食べられるのだが、どちらも味わいたいから合い盛りの“あまから”をチョイス。これらは料理家でもある佐藤さんが考案したレシピだ。

黄色、赤、オレンジ。暖色系のカラーで目から食欲をかきたてられる。
黄色、赤、オレンジ。暖色系のカラーで目から食欲をかきたてられる。

ご飯を仕切りにしながらカレーとハヤシをよそい、にんじんラペやフムスなど、おかずを盛り付けたら完成だ。お皿の上は彩り豊かで、これを完食したらたちまち元気になれそうです。

大きめに切った玉ねぎと薄切りの国産豚肉がゴロリと入った発酵赤味噌ハヤシ。
大きめに切った玉ねぎと薄切りの国産豚肉がゴロリと入った発酵赤味噌ハヤシ。

まずはカレーから。ドロっとしたルゥは野菜の旨味や甘みがあり、全然辛くない! と思ったのだが……。ホールのまま入っているクミンやコリアンダー、クローブなどのスパイスをガリっと噛むと、たちまち口の中がスパイスでいっぱいになりじんわりと額に汗がにじんできた。黒米を混ぜた香ばしいご飯がすすむ!

さまざまなホールスパイスがゴロゴロ入ったスパイスカレーは辛口だ。
さまざまなホールスパイスがゴロゴロ入ったスパイスカレーは辛口だ。

一方で発酵赤味噌ハヤシは、酸味と旨味が相まってコクはあるのに後味はすっきり。よく炒められた玉ねぎが甘く、酸味の効いたハヤシのルウと薄切りの国産豚肉とともにこれまたご飯をモリモリ。

写真左からにんじんラペ、フムス、かぶの甘酢漬け、豆のピクルス、切り昆布の黒酢煮。おかずが5種類ものってくる。
写真左からにんじんラペ、フムス、かぶの甘酢漬け、豆のピクルス、切り昆布の黒酢煮。おかずが5種類ものってくる。

カレーとハヤシを食べながら、間に挟める多彩なおかずが箸休めになってこれまたイイ! 一気に食べすすめたところで、ランチにはまだこのあとお楽しみが待っていた。そうそう、ミニサイズのミルクソフトクリームと食後のドリンクだ!

オーダーを受けてからオーガニックのコーヒー豆を挽き、1杯ずつハンドドリップしてくれる。
オーダーを受けてからオーガニックのコーヒー豆を挽き、1杯ずつハンドドリップしてくれる。

なおきち自慢のシングルオリジン・東ティモール産のコーヒー豆で、苦味と酸味のバランスが取れていて飲みやすい。フェアトレード品というのにもこだわりを感じる。一方でショットグラスに盛り付けられたミニサイズのミルクソフトクリームが、スパイスで熱を帯びた舌をクールダウンしてくれる。こりゃいいですね。

「ミルクソフトクリームは季節によって使用する牛乳の配合を変えているんですよ。夏はさっぱりめで、逆に冬は濃厚な味わいですよ」と矢野さん。

この店のおいしいものを少しずつ盛り合わせたあまから健美食は最高のフィナーレを迎えた。
この店のおいしいものを少しずつ盛り合わせたあまから健美食は最高のフィナーレを迎えた。

スパイスカレーのあとのコーヒーとソフトクリームって最高に合う! ひんやりミルキーな味わいが口の中に広がり至福のひととき。すっかり機嫌が良くなった筆者は、ハミングしながら駅まで歩いて帰った。

住所:東京都武蔵野市吉祥寺本町1-33-22 吉祥寺シアター1F/営業時間:11:30〜19:00/定休日:火/アクセス:JR中央線・京王電鉄井の頭線吉祥寺駅から徒歩5分

取材・文・撮影=パンチ広沢