留学先で経験したフィーカを日本でも広めたい
『BACKEN』はスェーデン語で“坂”を意味する。お店の場所は、国分寺駅を南下して、国分寺街道とぶつかる坂の途中だ。2024年3月にプレオープンを行って、5月にグランドオープンしたばかり。
軽やかな音楽が心地よい音量で流れる店内は、広くて全体的にゆったり。2人がけのテーブル席が奥に4つあり、反対側にはソファ席もある。入り口付近にはベンチシートがあって、折りたたみ式の小さなテーブルも自由に使える。
誰かと一緒に訪れてたわいない話を楽しんだり、1人で本を読んだり、考えをまとめたりと、カフェで過ごす時間そのものを大切にできる空気で満たされている。
オーナーの小原愛(こはらあい)さんは、大学時代に交換留学でスウェーデンを訪れて、初めてフィーカを経験した。スウェーデンでは誰でも毎日、家族や友人、同僚などとコーヒーと甘いお菓子やパンと一緒に会話を楽しむ。その習慣がフィーカだ。小原さんの留学先でもフィーカが行われて、世界各地から集まったクラスメートと打ち解けるきっかけになったそう。
「フィーカって、なんて素敵な文化だろう」と感じた小原さん。2013年に帰国すると、スウェーデン料理店でアルバイトをして経験を積み、2017年に世田谷・豪徳寺にスウェーデン菓子のお店『FIKAFABRIKEN(フィカファブリーゲン)』をオープン。2021年には小平市・鷹の台にスウェーデンのパンが買えるお店、『torpet(トルペット)』も開いた。
スウェーデンの味と雰囲気をパンとコーヒーで
『BACKEN』をオープンするにあたって小原さんが考えたのは、「スウェーデン人がイメージするスウェーデンのお店に近づけたい」ということ。それは小原さんが最初のお店を開いて以来、実現したいと思っていたことで、その重要な要素こそがパンとコーヒーだ。
入り口そばに設置された大きな木製のカウンターには、黒パンやカンパーニュなどスウェーデンでもメジャーなパンが並び、エスプレッソマシンも置かれている。店舗奥に広い厨房を確保したことから、既存店の『torpet』で作っていた頃よりもパンの種類が増えた。特にデニッシュ生地に力を入れていて、クロワッサンやパンオショコラはスタッフたちにも人気がある。
いくつもあるパンの中でも人気が急増しているのが、カルダモンロールだ。スパイスの女王とも言われるカルダモンは、爽やかな香りが特徴。近年メニューに取り入れるパン屋が増えている。
『BACKEN』で作るカルダモンロールはスウェーデンのスタイルを再現。ホール状のカルダモンを石臼でひいて、中に入っている種を取り出して使っているのもポイントだ。この石臼を使う作業は骨が折れるが、香りよく仕上げるために欠かせないのだとか。焼き上がりにレモンの入ったシロップが打たれていて、口に入れたときの甘さがコーヒーと相性がいい。
焼き菓子ではキャロットケーキが人気。ずっしりめの生地を丸く大きく焼いていて、クリームチーズで作ったフロストとクルミがアクセントになっている。
フィーカに欠かせないコーヒーは、スウェーデンで有名なコーヒーロースター、『Standout Coffee(スタンドアウトコーヒー)』の豆がメイン。発酵によって精製した豆を浅めにローストすることを得意とするロースターだが、エスプレッソ用の豆は少しだけ深く焙煎されている。発酵によって精製されたものは、通常の浅煎りコーヒーよりミルクとの相性がいい。アイスカフェラテでいただくと、ミルクのまろやかさの中にコーヒーらしい深みがあって心地よい味わいだ。
子連れでも気兼ねなく入れるお店に
お菓子やパンを通じ、スウェーデンの文化を広め続けてきた小原さん。「店内が広いので、今までのお店よりフィーカを楽しんでいただけるようになりました」と、やはりフィーカの文化が店づくりの中心だ。
2023年には家族でスウェーデンを訪問。そのときに感じた、カフェの居心地の良さもどんどん取り入れて実現させたいと思っているそうだ。
「上の子が2歳で、下の子がまだ生後3カ月でした。訪れたカフェはどこも、ミルクを作るためのお湯や水を当たり前のように提供してくれ、子供たちに接する態度もとても自然。『BACKEN』も、ベビーカーや小さい子供連れも入りやすいお店にようにしましょうとスタッフと話しています」
小原さんがフィーカに出会った2013年頃に比べると、日本にも北欧由来のものを扱うお店は増え、遠いスウェーデンも身近な存在になってきた。スウェーデンでの暮らしをもっと近くに感じてみたくなったら、訪れてみたいお店だ。
取材・文・撮影=野崎さおり