コンセプトは「オリジナルイタリアン×絵本」
整然と店が立ち並び、多くの人が行き交う市川駅北口周辺。商店街・アイアイロード市川を抜けて真っすぐ進むと、デンタルクリニック吉田の隣に『Café WANISHAN(カフェ ワニシャン)』がある。独特のキャラクターや子育て世代に配慮された内装、創意工夫に富んだメニューなど、すべてから優しさやオリジナリティー、この店だけが持つ魅力が伝わってくる。
店長の佐藤哲也さんは、脱サラして共同経営者の蒲地祥江さんと2人で2018年にこの店をオープンした。“ワニシャン”のキャラクターデザインをはじめ、一から店をつくってきた佐藤さん。学生時代のイタリアンレストランでのアルバイトをはじめ、サラリーマン時代の営業や設計、工場管理などものづくりに携わってきた経験が生きたという。
手に取りやすいように並べられた豊富な蔵書は、絵本が好きで絵本カフェをつくりたいと考えていた蒲地さんが提供。
「オリジナルイタリアン×絵本」をコンセプトにした店づくりに向けて、場所探しから2人で協力して行った。元々は美容室だった物件を最大限生かし、和室だった着付用の部屋をキッチンにするなど、工夫してリノベーション。絵本カフェというコンセプトでターゲットを絞っていたわけではなかったが、居心地の良さなどから小さい子連れ客が集まるようになったという。
『Café WANISHAN』の店名は、ももいろクローバーZの『ワニとシャンプー』という曲からヒントを得たそう。ワニがシャンプーしている姿を描いたユニークなキャラクターは、佐藤さんと蒲地さんが協力して生み出した。看板だけでなく、店内の至る所にワニのキャラクターがいるので、ぜひ探してみてほしい。
創意工夫にあふれた何度でも食べたくなる味
メニューは、オムライス、パスタという一見オーソドックスなラインナップ。オムライスは定番のケチャップオムライス880円をはじめ全5種類、パスタは定番のカルボナーラ924円など全10種類が揃う。
しかし、メニューをよく見ると、独創的で他店には見かけないようなメニューが多い。例えば、エビマヨオムライス1045円、明太子オムライス1100円。パスタでは、へしこと小松菜の和風パスタ880円、ふぐの子パスタ(和風ペペロン)880円。ふぐの子炒飯935円というメニューもある。
「料理は基本的に、学生時代のアルバイトの経験に立ち返って作っています。店が少し駅から離れた場所なので、特徴があって飽きずに何度も食べられるというコンセプトで、常に新メニューを開発しています」と調理を主に担当する佐藤さん。
オムライスは客からのリクエストに応え、どこか懐かしい味を追求。ナポリタン用のソースをベースに、ケチャップ味のライスを作り、ふわっと卵でくるんだやさしい味。子供から大人まで人気No.1メニューだそう。オムライスから派生したエビマヨオムライスは、オムライスの中ではNo.2の人気を誇る。
へしことは「鯖を糠漬けにした福井県の珍味」、ふぐの子とは「ふぐの卵巣を糠漬けにした石川県の珍味」。いずれもお酒のアテとして知られるが、関東圏ではあまりお目にかからない素材。
特にふぐの子は、石川県のみで作られており、ふぐの卵巣を塩漬け後、3年以上糠漬けすることにより毒素を抜いた、濃厚な味わいの魚卵。2024年1月1日に発生した能登半島地震で影響を受けた生産者を応援する意味を込めて、パスタと炒飯の提供を続けている。
ふぐの子パスタは、海苔の黒、ふぐの子の淡いピンク。ネギの緑、バターの薄黄色が彩り良くトッピングされていて盛り付けが美しい。一口いただくと、どこかたらこを思わせる程よい塩気と濃厚な旨味があり、主張は強くなく食べやすいが、個性的で癖になる味わい。日本酒やビールが欲しくなる。
和風パスタに使用しているのは、癖のある素材を食べやすくするために、和風出汁や醤油などの素材や配合比率の試行錯誤を重ねて1年ほどかけて開発したオリジナルの和風ソース。このソースが珍味の塩気を程よく中和し、塩辛さだけで終わらず美味しく食べられる味の要だという。パスタソースを作る際は、食べ終わったときにちょうどよい塩分量になるよう全体量を調整している。
麺は乾麺の茹で方を工夫して、生パスタのようなモチモチした食感に仕上げている。アルバイト時代の店での方法を参考にしながら、あらゆる調理方法を試した上で、1.7ミリの麺を使い、モチモチした食感を楽しめる茹で方を採用。時間が経っても伸びにくく、おしゃべりをしながら時間をかけてゆっくり食べても変わらない食感で味わえるという。
デザートには、あんバタークレープがおすすめ。佐藤さんが福島県で過ごした子供時代に好物だったあんバターパンをクレープで再現しようと試みた結果、思い出の味を上回るメニューが完成した。
材料は、北海道十勝産の甘さ控えめのこしあんと、同じく北海道十勝産の有塩バター、食感にこだわった小麦粉。やさしい甘さと塩気が口の中で混じり合い、幸せな気持ちになる。ボリュームがあるので、男性やおなかを空かせた子供のおやつにも向いている。生地に抹茶を練り込んだ抹茶あんバタークレープ418円ほか、冬限定の蜜芋クレープ451円は女性に人気だそう。
コーヒーは、苦味の出ない方法を用いてマシーンで抽出。喉にすっと通り、甘さを感じる飲みやすいホットコーヒー352円はデザートによく合う。パスタ、スイーツ、ドリンクをいただけば、おなかも気持ちも満たされることだろう。
メニュー開発に注ぐ情熱の源はお客さんの喜ぶ顔
おしゃれでやわらかな店内の雰囲気に惹かれ、8、9割が女性客や子育て世代。たまにInstagramを見て、遠方から訪れる客もいるそう。2021年からはデリバリーに力を入れ始め、市川市、松戸市、江戸川区まで配達を行っている。テイクアウトでは、営業時間外まで注文可能。
さらにはオリジナルイベントも開催。蒲地さんが公文のスタッフをしていた経験があり、夏休みの期間に読書感想文の「お手伝いプロジェクト」を開催したところ、なんと100人ほどの生徒が集まったこともあるそう。定型に当てはめた読書感想文ではなく、子供の素直な気持ちや考えを引き出して、自分の言葉で書くスタイルが親にも好評という。
他にも、書道講師を招いて年末の最終営業日には書き初め教室を開催。店内に新聞紙が敷き詰められ、ジャズがかかるリラックスした雰囲気のなか、子供たちはのびのびと集中して書道を楽しむという。佐藤さんも翌年のモットーを毛筆で書き、店内に掲げている。
また子育てサロンの会場としても活用されている。子育てについて情報共有をしたり、相談したりできる交流の場として毎月1、2回定期的に子育て世代が集まり、キャンセル待ちが出るほど人気を得ている。
「自分のサラリーマン時代は、感じていたストレスを解消したり、リラックスできたりする場所がありませんでした。その経験から、リラックスできる場所が作れたらいいなという思いがありました。実際にカフェを作ってみて気づいたのは、子育て世代が一番ストレスを感じているということ。自然と集まってくださるようになりました」と佐藤さんは話す。
また、カフェの随所に佐藤さんの持つ絶妙なバランス感覚が表れている。ジャズの音楽も、耳に残り過ぎない落ち着いた心地よさを探して、辿り着いたそう。
「居心地、食べ心地、聴き心地など、ほどよいラインを探しています。また、他店より少しだけ個性があって、しっかりおいしい食事を提供することには手を抜いていません。これでいいと満足して止まってしまわないようにしています」
最近は、3日ほどじっくり煮詰めて仕上げたブラウンソースをかけた、オムハヤシライスを開発中。定着した人気メニューに加え、常に新商品開発に取り組む姿勢を絶やさない。新メニューは客のリクエストに応じて生まれることが多い。店頭に並ぶまでには最低5回以上試食を重ね、会社員時代に培われたアイデア勝負の姿勢と実験気質を存分に生かしている。
「世の中でスタンダードとなる味や客の味覚の変化を、常にキャッチアップする気持ちを大切にしたい。次に何を作ろうかな、新しいメニューを作ったらお客様に喜んでもらえるかなという楽しみをパワーに変えています」
という前向きな佐藤さん。飲食の仕事の先にあるお客様の喜びをモチベーションとする姿勢が全面に伝わってくる『Café WANISHAN(カフェ ワニシャン)』にぜひ訪れてほしい。
取材・文・撮影=菊地翔子