選ぶのが楽しい約80種類
『ひぐらしガーデン』にあるパン屋さん『ひぐらしベーカリー』は「家族団らんをつくるパン」が合い言葉。小さな子どもからお年寄りまで、みんなが食べやすいパンが毎日80種類ほど並ぶ。2016年のオープン以来、ほぼ不動の人気ベスト3はチーズカレーパン、食パン、クロワッサンだ。
チーズカレーパンはザクザクした衣の中から、濃厚なチーズとカレーがとろり。ボリュームがあって1つで満足できる。クロワッサンは日本在住のフランス人Youtuberに、パリのお店よりおいしいと言われるほど。朝食の定番、食パンは1カ月に平均1000斤ほど売れるとか。どこのパン屋にもあるような定番のパンが人気なのは、まちの人たちが日常的に買い物に訪れているからだろう。
他にもチョコレートコロネにドーナツ類、デニッシュに総菜パンなど、店内には選ぶのが楽しくなるパンが並ぶ。そんな中、どうしても注目してしまうのが、動物をかたどったパンだ。
えほんパンと名付けられた定番2種類は、くまがチョコレートクリーム入りでコアラがカスタードクリーム入り。季節に応じたフェアが毎月開催されていて、年始なら干支のパン、節分には鬼、梅雨にはカエル、ハロウィンにはおばけなど、季節に沿ったかわいらしいパンが並び、買いに訪れる人を楽しませている。
実在する絵本のキャラクターがパンになって登場することもある。特定のキャラクターパンが登場するときは、同じ敷地にある書店『パン屋の本屋』で、出版社と一緒に絵本にまつわるイベントが行われるのだ。
「出版社からは絵本に忠実にしてほしいとリクエストされます。職人たちもその声に応えようと素材や作り方を研究。キャラクターパンのクオリティはどんどん上がってきました」と話すのは責任者の新井康亮(あらいやすあき)さん。企画段階から『ひぐらしガーデン』に携わっている。
パン屋と本屋が一緒になった『ひぐらしガーデン』
『ひぐらしガーデン』があるのは、大正6年(1917)創業のフェルト工場があった場所。平成後期にフェルトの事業が終了した後、しばらくコインパーキングになっていた。
創業者から数えて4代目の現社長がさまざまな土地活用の誘いを受ける中で、一族が長く関わってきた日暮里のことを考えた。
安心して子育てができるような、地域の魅力を高められることはなにか、家族連れもお年寄りもどんな人でも立ち寄れる施設を作りたい、とたどり着いたのがパン屋と書店だった。
前職で先輩後輩の仲だったという社長と新井さんは、2人ともパン屋も書店も経験ゼロからスタート。愛される施設にするにはと考え続け、パンに至っては、日本国内はもとよりはるばるパリにまでパン屋を訪ねて食べ歩いた。
その結果『ひぐらしベーカリー』では、「子どもからお年寄りまで食べられるパンを置く」「種類を豊富に揃える」「納得のいくおいしさと値段」「一つひとつ個性ある商品」という4つの指針を打ち立てた。これが愛されるパンの数々につながっている。
カフェスペースが大きく作られているのもうれしいポイント。木がたくさん使われた空間は大きなガラス窓に囲まれて光がたっぷり差し込んでくる。中庭には桜や木のスツール、テラス席もあり、敷地が贅沢に使われていて気持ちがいい。
日中は親子連れも多いが、開店間もない朝8時代には通勤前に朝ごはんを食べにくる会社員の姿や、外国人観光客のグループも見かける。
「近くに京成線の駅もあるし、JRも千代田線もあって便利な場所です。特にゲストハウスがいくつもできて、宿の人たちが宿泊者におすすめしてくれているみたいです」と新井さん。
新井さんはこれからの目標を「“近所にあったらうれしいパン屋”で世界一になること」と話す。「コンテストで優勝したパン職人がいるとか、カレーパンを1日にたくさん売ったとかそういう世界一があると思いますが、パン屋として、近所の皆さんのことを考えてパン作りをするお店でありたいんです」。これからも日暮里に愛されるパン屋として進んでいくようだ。
取材・撮影・文=野崎さおり