イギリスはどうしてまずいのか

イギリスのごはんはおいしくない。これは今や一般常識になりつつある。どこでどう広まったのか、イギリスに行ったことがない人でさえその印象を抱いているから不思議だ。もう随分と語り尽くされてはいるが、あえて自分なりに意見するなら「そのとおり」と言わざるをえない。基本的にコスパが悪く、味がないのだ。しかしこれらは、そもそも物価が高く、自分で味付けスタイルが一般的、と言い換えることもできる。

試しにマクドナルドのビッグマック(単品)で比較してみると、イギリスは£4.99≒900円、日本は450円。ちょうど2倍だ。体感的にもこの相場は的を射ている。ゆえ、値段フィルターがどうしても先行してしまい、日本のレベルを基準にこれだけ払うんだからそれなりの味のはず……と期待した結果、それを下回る=がっかり=そもそもの味に疑問、という負のスパイラルが生まれてしまっているように思う。

また、料理によっては出された時はまだ“途中”だったりする。この国では、各々がそこに好きな味付けを施して、自らの食事として完成させるのだ。有名なフィッシュ&チップスがその典型。出されたそのままで食べる人はほとんどおらず、だいたいビネガー・塩・マヨネーズ・タルタルソース・ケチャップ・ブラウンソース(日本のウスターソースみたいなの)あたりのいずれか、あるいは複数の掛け合わせでもって、自分好みにアレンジしてから食べている。シンプルなファストフードではあるが、店による違いも案外大きく、皆それぞれお気に入りの自分の店なるものがあったりする。つまり、好みの場所を見つけ、それをベースに自分の味に仕上げてこそ納得のいく料理になるのであって、そのへんで出されたものを完成形と信じるその思い込みこそが、まずい疑念を増幅させているとも考えられる。

筆者のお気に入りの店のフィッシュ&チップス。これはビネガー&塩で味付け。藁半紙にくるんで供される。
筆者のお気に入りの店のフィッシュ&チップス。これはビネガー&塩で味付け。藁半紙にくるんで供される。

もちろん全ての料理がその限りではないが、再びマクドナルドを例に取ると、日本では紙ナフキンだけが置かれている台には塩・胡椒・ケチャップ・バーベキューソースがずらり。有料のディップソースの種類も多く、この国のカスタマイズ文化を証明している。

マクドナルドのレジ横風景。ケチャップとバーベキューソースはポンプ式。
マクドナルドのレジ横風景。ケチャップとバーベキューソースはポンプ式。

おいしいおやつ

では、安くて味変しようのない、おいしいものがないのかといえば、本当はそんなこともない。『東京おやつ図鑑』を編集した、おやつマニアの一員として、イチオシおやつを少し紹介してみよう (甘くないのもいろいろあるが今回は割愛)。

ヴィクトリア・スポンジ・ケーキ (Victoria Sponge Cake)

定番ケーキの一つ。日本のショートケーキとは似て非なるもので、しっとり系のスポンジケーキの間に、イチゴもしくはラズベリージャムとクリームをたっぷりと挟む。クリームはだいたいバタークリーム。もったりしない軽やかな口触りで、スポンジとよくなじむ。乳製品のレベルが高いこの国の力を見せつけるかのような一品。名前は、19世紀に国を治めたヴィクトリア女王が好んだことに由来。

それぞれの層の厚みは店により大きく異なる。
それぞれの層の厚みは店により大きく異なる。

レモン・ドリズル・ケーキ (Lemon Drizzle Cake)

パウンドケーキに、レモン風味のシロップを染み込ませ、砂糖のアイシングでほんのりコーティングした、爽やかな酸味としゃりしゃり感がクセになるケーキ。中毒性高めで、ファン多数。ドリズル(Drizzle)は霧雨・細雨の意味で、しとしととケーキをシロップに浸していく様子に由来する。生い立ちは諸説あるが、最も明らかなところでは1967年にユダヤ人女性が広めた、という記録があるとか。

ホール型・ローフ型などさまざま。
ホール型・ローフ型などさまざま。

パーキンス・ビスケット (Perkins Biscuit)

ややマイナーな、主に北部・スコットランドで食されるビスケット。オーツ麦に、シナモンやジンジャーをはじめとする複数のスパイスとバター、シロップを混ぜ込んで焼いたもの。噛むほどにスパイスの香りが鼻を抜け、じんわり癒やされる。これまた出自は諸説あるが、この複数のスパイスをアクセントに取り入れたおやつは他にもたくさんあるゆえ、各地で同時多発的に誕生し集約されていったのかも。

地域によってサクサク度に違いあり。
地域によってサクサク度に違いあり。

世界の食を取り込むパワー

砂糖、レモン、シナモン……。ここで挙げた3つのおやつの味の決め手になっている材料を改めてみると、全て国内では生産することができない、すなわち舶来品であることがわかる。定番のイギリス菓子の顔をして、国の長い歴史の中で考えると、比較的最近のものなのだ。

そもそもイギリスは北海道よりもはるか北に位置し(北緯55度前後)、土地は痩せており、あまり農業に向かない。パンのイメージがあるかもしれないが、小麦が育つのは南部だけで、北部は元々オーツ麦・大麦文化。フィッシュ&チップスでおなじみのジャガイモですら、北部では育たないともいわれる。ゆえ、農耕というよりはむしろ森の果実や狩猟で獲得したものを共有しながら生き残ってきたわけなのだが、そうした生きる知恵や共同体は、悲しいかな近代の農業改革により、ぶった斬られてしまう。

改革の過程で土地を失ったものたちは、都市に流れ労働者になっていくが、そこでは、これまで培ってきた伝統的な食料調達&調理技術は役に立たない。とりあえず手に入った食材を茹でるなり焼くなりして食べ、効率的に最低限お腹を満たして、また長時間労働に繰り出す、というライフスタイルが定着していったとされる。このイギリスにおける効率重視の傾向は、労働者階級のみならず、貴族階級にも共通する考え方で、あのサンドウィッチが、サンドウィッチ伯爵の名に由来することは、その一例といえるだろう。

近代といえば、大英帝国が栄華を誇り、世界を席巻した時代。先に挙げた糖、柑橘、香辛料は、まさに植民地網の賜物だ。古くからの田舎の食生活が消滅していったのと入れ替わるかのように、都市の労働力が可能にした世界進出により新たな食文化が入ってきた。そしてこの海外の味を巧みに取り込んだ、いわばイギリス食文化2.0が、今我々がイギリスで味わえる“伝統的”おやつであり、シンプルな調理をベースに好みの味付けを施すスタイルなのだ。

この世界の食を取り込むパワーはなかなかのもので、食材・調味料にとどまらず、例えばインド料理・中華なんて、イギリスの食のレパートリーの一部としてガッツリ入り込んでいる。ちなみにイギリスでいう中華は往々にして、昔、統治下にあった香港の料理のこと。返還される以前にたくさんの香港人がイギリスにやって来て、自分のレストランを持ち、それを頼りに親戚もやってきて、やっぱり近くに中華料理の店を出して……といった感じでアメーバ的に増えていったらしい。彼らの出すものは、香港スタイルをベースに、やはりカスタマイズ文化に適応させた、味付け控えめの料理。中国北部からきた中国人の友達に言わせると、これは「本当の中華ではない!」らしい。

イギリス仕様の中華。フォークで食べる違和感……。
イギリス仕様の中華。フォークで食べる違和感……。

進撃の日本食

そして21世紀の今日、イギリスの食事風景はますます多国籍化している。旧来の植民地的結びつきの枠を超え、今やイタリアン、中東系となんでもござれ状態。他所の食を取り込むムーブメントに拍車がかかっている。そんな中にあって一際存在感を増しているのがそう、日本食だ。

スーパーの日本食ゾーン。いくつか大手のブランドがあり、それぞれレストランも展開中。
スーパーの日本食ゾーン。いくつか大手のブランドがあり、それぞれレストランも展開中。
日本風のお米はSushi riceと呼ばれる。イタリア産のものが多い。
日本風のお米はSushi riceと呼ばれる。イタリア産のものが多い。

Sushiは殿堂入りとして、いくつか例をあげるなら、最近人気なのは「Katsu curry (カツカレー)」。そもそも日本のカレー粉の生まれはイギリスとされるが、近年これを逆輸入し大ヒット。カツは必ずと言っていいほどチキンカツで、これを日本の給食で出されるようなやや甘口&黄色めのルーと共に白米にかけて食べる。なお揚げ物に必須の「Panko (パン粉)」も英語に昇格しつつある。

それから麺類も人気。Ramen (ラーメン)、Udon (うどん)、Soba (そば)は見事に市民権を得た。Gyoza (餃子)も中国勢らを差し置いて、日本語がそのまま定着。冷食コーナーにも売っている。

ロンドンで数を増やす丸亀製麺のChicken Katsu Udon。Gyozaをつまみに。
ロンドンで数を増やす丸亀製麺のChicken Katsu Udon。Gyozaをつまみに。
とあるIzakayaのRamen。なぜか唐揚げと青梗菜がのっていた。
とあるIzakayaのRamen。なぜか唐揚げと青梗菜がのっていた。

これらの人気はとどまるところを知らず、今やロンドンの国際空港内の一等地にも日本食レストランが鎮座。食以上にイギリスで日本を感じるものはないといっても過言ではない。

とはいえ店も料理も千差万別。あえて英語ではなく日本語を書いてみたり、ヘルシーさを打ち出してみたり、アジアンな内装にしてみたり。“日本らしさ”にこだわらず、効率重視のカスタマイズ文化に徹底的に適応し、新・定番フードの座を狙っている風のところもある。味はあくまで情報の一部分。なぜこの場所に店があるのか、どんな設えで、どんなメニューで、どんな人が食べているのか。日本を味わうイギリスの視点、イギリスに溶け込まんとする日本の視点、期待と思惑、イメージとリアル、文化と文化が混ざり合う交差点として日本食を五感で楽しむと、互いの国の姿がまた違った形で立ち現れる。

illust_2.svg

東京にも、いや日本中に、異国の食はあふれている。イギリス同様、その勢力は拡大の一途だ。身近なところで世界を感じる、文化の違いを楽しむことができるという点では、今、世界の食事をめぐる散歩は花盛りといえるだろう。

異国で異国を見つけること。それは、自分の常識の枠を見直し、取っ払い、さらに先へと思いを巡らせる、壮大な思考散歩の始まりでもある。安い/高い、おいしい/まずい、なんて評価は、単なる序章にすぎない。新たなものに出合う喜び、新たな視点で街をみる驚き。世界中どんなところにいても、散歩の楽しみは決して尽き果てることがない。

 

文・撮影=町田紗季子

渡英した元・月刊『散歩の達人』編集部員が綴る、散達的(?)イギリス散歩案内。第6回は身近な生き物編!
渡英した元・月刊『散歩の達人』編集部員が綴る、散達的(?)イギリス散歩案内。第4回は本の街編!
渡英した元・月刊『散歩の達人』編集部員が綴る、散達的(?)イギリス散歩案内。第5回は水の街編!