大正10年創業の老舗おでん種専門店『福島屋』
『福島屋』は大正10年(1921)に創業した老舗のおでん種専門店だ。福島県出身の創業者が静岡県の蒲鉾店で修業したのち、東麻布で自家製蒲鉾店として開業し、戦後に麻布十番の現在地に移転したそうだ。
飲食業は平成18年(2006)に開始し、2014年に店舗を全面リニューアルした。2階はテーブル席とカウンターがあり、ゆっくりおでん料理を楽しめる。
できたておでんは店舗を入ってすぐの大きな鍋で調理されている。お店の方がいないときは奥の工場(こうば、厨房)に声をかければ対応してくれる。
鍋は16に仕切られた大きなもので、種類別に煮込まれている。どれもたっぷりのおでん汁に浸かっており、味がよく染みていることがわかる。出汁は利尻昆布と鰹節、鯖節を使用しているそうだ。
大根は人気のおでん種だけにたくさん仕込まれていた。厚めに切られているが、中まで汁が染み込んで、ほとんど色が同化している。今から味わうのが楽しみになってくる。
鍋の脇にメニューが貼られているので、これを見ながら好きなおでん種を選ぼう。時間によって品切れしているものもあるが、種類によってはオーダー後に調理してくれる。
おでんはアラカルトのほかにセットでも販売している。オーダーに慣れていない場合はこちらを利用してもいいだろう。もちろん、セットを頼んでから一品ずつ追加することもできる。
筆者は鍋に入っていなかったトマトを注文した。奥からトマトを取り出して静かに鍋に沈めてくれる。多少時間を要するが、屋内にベンチがあるので座りながら待つことができる。
麻布十番という土地柄、さまざまな人々がやってくる。おしゃれなご婦人はいつも決まったおでん種をオーダーしていた。コーヒー片手に手際よく支払いを済ませていく。地元の常連客は予約したお弁当を受け取りに来たついでにおでんをオーダーしていた。持参したカップにひとつずつ大根を入れてもらっていたが、なにかの集まりだろうか。
熟年の女性店員や若いアルバイトの方たちがそれぞれのオーダーを手際よく捌(さば)いていく。お客さんの要望に柔軟に対応してくれるのも『福島屋』の魅力といえる。
おでんのほかに『福島屋』には魅力的な商品が揃っている。手羽先やチーズの入ったさつま揚げの「薩摩とろチー」、餃子を詰めたさつま揚げの「薩摩チャオズ」などがお持ち帰りできる。
おでんが入ったのり弁も人気商品だ。のり弁は複数のおかずが入った豪華なもので、通常の揚げ蒲鉾とこんにゃくのほかに、牛すじ煮込みを加えた「極(きわみ)」、牛すじ味噌仕立てのハンバーグが乗った「匠(たくみ)」の3種が揃う。
『福島屋』のできたておでん
『福島屋』でいくつかできたておでんを購入して帰宅した。今回は9種類となる。
時計回りに12時から、大根、ちくわぶ、玉子、焼豆腐、じゃがいも、白滝、利休揚、しそ天、トマト(中央)。このほかに味噌おでんのセットも購入した。
おでんはポリ袋かカップの2種類が選べる。トマトは崩れやすいのでカップに入れてくれ、味噌おでんのセットもカップに入った状態で提供される。どれもしっかり封をしてくれるのでこぼれる心配がない。からしは小分けのものを自由に持ち帰れる。
どれも鍋に移して温めればすぐに食べられる。レンジに入れる場合は玉子が爆発する可能性があるため半分に切るなど対策しよう。
味噌おでんは当初、ほかの味噌も加えたオリジナルブレンドだったが、長時間鍋に入れているとしょっぱくなってしまったという。その後に八丁味噌100%に切り替え、具材もしぼって再発売することになった。
濃厚で味わい深い八丁味噌に加え、とろとろになった牛すじの甘さが際立つ一品だ。お酒にもよく合い、『福島屋』の看板商品であることもうなずける。こちらについてはいつか別の記事でじっくり紹介したいと思う。
さて、今回の目的であるできたておでんを味わってみよう。『福島屋』のおでん汁は利尻昆布と鰹節、鯖節で出汁をとっており、ふくよかで深みのある味わいとなっている。
色は深い褐色で濃い味を想像してしまうが、塩気が強くなく非常に飲みやすい。これなら2日目でもしょっぱくならずに楽しめるだろう。
大根はかなり厚めに切られており、ほかのお店の2倍はあろうかというボリューム。それでいながら中までしっかりとおでん汁が染みていて、口に含むと溶けるように柔らかい。満足度はかなりのものだ。
トマトは東京のおでん種専門店では3軒ほどが提供しているが、なかなかお目にかかれない変わり種だ。トマトの酸味が出汁のふくよかな甘みとよくからむ。『福島屋』に訪れたのなら、ぜひとも頼みたいおでん種だ。
玉子はほどよく汁に浸かって美しい褐色に染まっている。黄身のクリーミーな味わいがやさしく、白身もぷりっとした食感を保っている。
『福島屋』の揚げ蒲鉾は弾力が強く、噛み締めるほどそのうまみが口の中に広がる。表面の揚げた皮の部分は煮込んでもふにゃふにゃにならず、心地よい食感を保っている。
しそ天は表面の紫蘇が美しいが、さらにすり身の中に1枚挟み込まれている。このことで紫蘇の清涼感ある香りがふんわりと広がり、爽やかな食べ心地となっている。
じゃがいもは中まで火が通っており、ふっくらとした食感が心地よい。表面は煮崩れておらず、つやつやとしていて美しい。
ちくわぶは適度な弾力とフレッシュさを保ちながら、とろけるような味わいを楽しめる。出汁が染みて味わい深いが、小麦粉のおいしさもしっかり残っている。
おでん種専門店では生揚げを揃えるところが多いが、『福島屋』では焼豆腐を提供している。木綿の焼豆腐は煮崩れすることなく美しい形を維持しているが、豆腐の隙間にたっぷりとおでん汁が染み込んでいる。
白滝はたっぷり汁を抱き込んでおり、太い結び目を噛み締めるとたくさんのおでん汁があふれてくる。ぷりぷりとした食感も素晴らしい。
手づくりの揚げ蒲鉾はもちろん、大根や玉子など定番のおでん種や出汁の味わいが素晴らしく、ひとつひとつにこだわりが感じられる『福島屋』のできたておでん。麻布十番を散策する際にはぜひ訪れてご自身の舌で味わってみてほしい。
『福島屋』の基本情報
福島屋
〒106-0045 東京都港区麻布十番2-1-1
03-3451-6464
定休日:火
営業時間:11:00~21:00(ラストオーダー)
福島屋のWebサイト(麻布十番商店街のWebサイト)
取材・文・撮影=東京おでんだね