時間帯によって美しさが変わる
新宿区大久保、職安通りに「停泊」する軍艦のような姿をしたマンションをご存じでしょうか。
ご覧ください。
ビルのてっぺんには、戦艦の艦橋のようなペントハウスがあり、その下には箱型の住居ユニットが、艦尾にむかって少しずつせり出しながら据え付けられています。採光のためですが、鋼鉄艦のような重量感のなかに、刀のそりを目にしたときのような、しなやかさが加わっています。
昼間眺めるのもいいですが、夕暮れ、日没後など、それぞれ美しさが変わるんですよ。遠巻きに眺めたり真下に入って見上げてもまた味わいが変化します。私は新大久保あたりにいくと、寄り道して眺めるのが好きでした。
この軍艦マンションという名前は通称で、竣工時は第3スカイビルといいました。昭和45年に建てられていますが、完成時の写真をみると、周りに高い建物はまだほとんどなく、そびえる軍艦状のビルには唐突さを感じます。当時、相当にぶっとんだ設計であったに違いありません。
「狂気の建築家」と呼ばれた男の情念
型破りな設計をした人物は、渡邊洋治(1923-1983)。以前に彼のことを少し調べたら、私は建築よりも、一気に建築家のほうに惹かれてしまいました。唯一残した著書『建築へのアプローチ』には存分に彼の思いやキャラクターが盛り込まれています。
ル・コルビジェ門下だった建築家・吉阪隆正に師事した渡邊ですが、著書を読む限り、建築素人の私から見ても、フランス風味は感じません。瀟洒とか洗練などより、気迫、熱量、が迫ってきます。
鬼軍曹とか、「狂気の建築家」などと当時言われた渡邊。本人は「狂気とは苦笑した。侠気なら私の好むところ」と言います。さらに、
「私は弥生より縄文、羊より狼、静より動、量より質、理より感、知より行、守より攻、情より無情、」そういうものに惹かれる、そして「劇的なものへの『あこがれ』」が建築に向かわせるのだと言うのです。この、どストレートな熱量。
難解な言い回しで建築思想を述べるようなことがないんですね。ひたすらの情念。ここに惹かれるものがあります。
そしてもうひとつ。こうした放埓な熱や魂を持つ男に大きな予算を与え、自由に作らせた当時のオーナーにも拍手したい気持ちになります。高度成長期には、そういう旦那衆みたいなものがまだ街に残っていたのだと思います。いまは、巨大な資本を持つ限られた企業でなければ、都心に大きな、挑戦的な建物は建てられないでしょう。
これからの建築に願うこと
そう、いまだって挑戦はあるのだと思いますが、私の個人的な好みの目で見まわすと、窓がやたらと大きくてシンプルなビルばかり目についちゃうんですよ。大規模開発などが行われると、どの街の建物も、どこか似たり寄ったりにみえること、ありませんか? 大きなプロジェクトは関係者も多くて、最大公約数的なほうへ進むのは仕方ないとは思うんですが。
そういえば、黒川紀章(1934-2007)の設計した新橋の中銀カプセルタワービル(昭和47年竣工)も取り壊しになりましたね。東京からシンボリックでオリジナリティのある建物が次々に減っていくようで、さびしさを覚えます。
あ、でも勘違いしないでくださいね。「だから風変りな建物を東京に建てようよ」、と言いたいわけじゃないんですよ。
ただ、巨大な少数者が街を作るんではなく、そこそこの規模の旦那や、熱量をもった制作者も、街作りに自然と参加できるような世間でいてほしいな、そう願っているのです。
文=フリート横田