とびきり雰囲気のいい、山中にある古民家カフェ
食に関しても魅力的だ。台湾のソウルフードのひとつ、雞肉飯(ジーローファン)=鶏肉丼のふるさとで、街なかには香川における讃岐うどんのごとく雞肉飯の店があちこちに立ち並び、しのぎを削り合っている。ちなみに嘉義の雞肉飯は基本的に火雞肉飯(七面鳥丼)で、ちょいコクのある肉が、これまたたまんない。
飲物系も侮れない。若い店主が開いた驚くほどうまく、雰囲気のいいカフェも増えてきている。中でもとびきりなのが『Bless淺山房』である。なにせ駅から車で30分ほど行った山中にある古民家カフェなのだ。到達難易度高めのロケーションながら、休日ともなると車で乗り付ける地元民でゆるやかににぎわう。
店主の蔡(ツァイ)さんは以前、駅からほど近い山の裾野、嘉義公園の脇で「Bless」という店を開いていた。オブジェ風の鉄の扉がイカすリノベカフェで、そのとき訪れてセンスあふれる雰囲気と、コーヒーと茶の味にたちまち魅入られ、店主と仲良くなった。その後店を畳んだのは知っていたが、数年後いきなり山中で再び店開きしたのでおどろいた。
センスあふれる空間で、至福の一杯を
話によると友人の実家だった老家屋を自ら改装したとのこと。道路から敷地に入ると、芥子色した平屋の建物があり、中央に木の扉が見えてくる。でもこれは裏口。向かって左手脇から建物の奥へまわりこむべし。いきなり視界が広がり、遠方までざっくり緑の広がる庭に出る。ラフに配置された席で、年齢性別ばらばらのお客さんが、思い思いの時間をのんびり過ごしている。建物に目を転じるとバルコニーの中ほどに戸口がある。ここが店の入り口だ。
ニーハオと扉を開けて入ると、部屋中央に配した小ぶりなテーブルに蔡さんが陣取っている。灯したろうそくや果物の並ぶ卓上で、コーヒーや茶を悠々と淹れては供する様は映画の一コマのよう。それだけで見飽きない。
部屋は他に3部屋、お客さんが訪れるたび空いている席を指し示す。部屋ごとに壁の色が異なり、畳敷きあり、椅子の席ありとさまざま。壁の棚やテーブルには食品や小物類が花を添えてオブジェ風に並んでいる。乱雑な印象はなく、どことなく統一感が取れているのが興味深い。BGMのセンスも抜群で、ジャンルに囚われない選曲がこの空間とマッチして、オンリーワンの居心地をいや増している。
肝心の供される台湾茶やコーヒーは、壁に貼ったメニューから注文する方式。付近の山から汲んでくる新鮮な水で丁寧に淹れられる至福の一杯。室内、あるいは庭の席に出て味わえば、心の深いところから、ああ来てよかったなあ……と溜め息がもれることだろう。
『Bless淺山房』は以前の店に増して、芸術家肌の蔡さんのセンスあふれるすばらしい空間になっていた。現地の言葉しか通じないし、出かけるにはそれなりの覚悟が必要となる。そうであっても、台湾で成長を続けるカフェ文化の成熟した形として、こんな店まであるんだよと、紹介しておきたいのである。
取材・文・撮影=奥谷道草