旅行者に行きにくい場所にあるため情報が少ないけれど、本店は台湾中部の北斗(ベイドウ)にある。最寄り駅は台湾新幹線の彰化駅(在来線彰化駅とは場所がまるで違うので注意)。そからタクシーで10分ぐらいの、のどかな街の大通り・中華路沿いにある。多くの支店を持つ老舗の割には、こざっぱりしているレトロな町パン屋の印象だ。

名物の「三明治」は、右手の看板に示されているがことさら大きくアピールはしていない。
名物の「三明治」は、右手の看板に示されているがことさら大きくアピールはしていない。

高田馬場店ほか、支店の方がずっと垢抜けているみたい。だがこれは、老舗の本店だからこそ、昔ながらの佇まいをあえて変えずに残しているのだそうだ。そう話してくださったのは洪峻聲(ホンジュンシャン)さん、本店2代目の店主である。

「三明治」の前に立つ洪峻聲さんは、好きな街は神楽坂という東京通。
「三明治」の前に立つ洪峻聲さんは、好きな街は神楽坂という東京通。

『洪瑞珍』の正式名称は『洪瑞珍餅(ホンレイゼンビン)店』。「餅店」とはケーキ屋のことで、『洪瑞珍』は本来は伝統焼き菓子をメインとする店である。それゆえ本店内の陳列商品はサンドイッチ以外の台湾菓子とパン類の方が目に着く。

伝統的な台湾菓子類が大半を占める店内。普通の町パン屋の広さ。
伝統的な台湾菓子類が大半を占める店内。普通の町パン屋の広さ。

おなじみの台湾サンドイッチは、レジ横のさほど大きくない棚に陳列。正面に透明なロールスクリーンを降ろして、鮮度を保つよう工夫している気の入れようが流石。

スイーツ系サンドのショーケース。レトロな甘味の宝庫なり。
スイーツ系サンドのショーケース。レトロな甘味の宝庫なり。

「北斗限定」と記された透明な包みのサンドイッチもあって、これは本店の限定品。季節によってイチゴやマンゴーサンドなど、ぶ厚く具を挟み込んだ品も登場する。

北斗本店限定 芋頭牛奶三明治(タロ芋+カスタードクリーム+ミルク+生クリームのサンドイッチ)。
北斗本店限定 芋頭牛奶三明治(タロ芋+カスタードクリーム+ミルク+生クリームのサンドイッチ)。

その脇の冷蔵ケースに並んでいるのは菓子系のサンド。パン生地ではなく、ほの甘いスポンジを使い、ムース状にしたいちご、黒ごま、あんこなどがこってり挟んである。日本のシベリアをあっさりさせた感じ。ほおばってみると、まごうことなき懐かしいスイーツな味わいが口に広がる。

 こちらも限定。特濃草莓奶凍(イチゴムースとカスタードのスイーツサンド)。
こちらも限定。特濃草莓奶凍(イチゴムースとカスタードのスイーツサンド)。

洪峻聲さんが、サンドイッチ以外の定番の看板商品として紹介してくださったのが「花生酥糖」である。中国文化圏では定番菓子で、ピーナツを使ったおこしと思えばわかりやすい。

花生酥糖は土産にももってこい。
花生酥糖は土産にももってこい。

台湾でも各地で見かけるが、『洪瑞珍』の花生酥糖はひと味違った。地元名産のピーナツを荒く刻み、砂糖+麦芽糖+ラードを合わせて固めた品は、さっくり軽い歯ごたえが絶妙で甘みもほどよく、食べ出すと手が止まらない。「原味(オリジナル)」を始め、全4種類。

こちらも地元の名産品の黒ごまをたっぷり使った香ばしい「黑芝麻酥糖」、やはり名産品の青のりを粉状にまぶしてひと味そえた「海苔風味」、人口比でベジタリアン率世界ナンバー2の台湾らしく、「海苔風味」から原料のラード(豚の脂肪ね)を抜いてベジ使用にした「奶素海苔」なんて品まである。
一通り試してみたが、なるほど看板商品だけのことはある。『洪瑞珍』のサンドイッチ同様、さりげない甘味が印象的な名品。

店舗と商品について一通り話を伺った後、徒歩10分ほどの事務所で引き続き話しを伺った。こちらは最初にできた工場をかねている渋い建物(未公開)。工場は今も現役で、クリーンな環境の仲で主に本店用の限定サンド等を作っている。

事務所のある建物。年期が入っているがキッチンスペースは清潔で真新しい。
事務所のある建物。年期が入っているがキッチンスペースは清潔で真新しい。

洪峻聲さんの父親に当たる初代店主は洪宜杉(ホンイーシャン)氏。17歳でパン屋に弟子入り、腕の良さで注目された人物で、その後母親から家族でできる仕事をしなさいと薦められ、1947年、兄弟一緒に菓子店を独立開業。店名は名字の「洪」に、「瑞」「珍」といっためでたい意味の言葉を組み合わせて『洪瑞珍』とした。

当時台湾は戦後まもない時期。食糧難で食材を集めるのも難しかったが、アメリカから援助物資として小麦粉=パン類などは安く手に入った。そこで洪宜杉氏は、食パンになるだけ量を抑えた身近な具材、特製マヨネーズを組み合わせ、手頃な価格の独創的な台湾サンドイッチを開発。現在にいたる台湾式サンドイッチの誕生である。在野の天才と称えたい。

洪宜杉氏(右)と洪峻聲さん。
洪宜杉氏(右)と洪峻聲さん。

ちなみに氏はご存命である。本店を訪れた際も、94才(2023年時点)のご高齢ながら日本統治時代に覚えた日本語をあやつり、丁寧な挨拶を頂戴した。謝謝である。
洪一家は7人兄弟で、やがて暖簾分けして自分たちの店を台湾各地で同じ店名で開いていった。暖簾分けだから、サンドイッチの味は全く同じではない。微妙な違いがある。台湾をさまよう機会があれば、食べ比べてみるもよしだ。
いずれにせよ、北斗の本店が始祖であることは、生き証人がいる以上間違いない。
このように長い歴史を持つ『洪瑞珍』の台湾式サンドイッチだが、注目を浴びたのは2000年代以降だという。SNSで台中店(兄弟の息子ひとりが開いた店)が評判となり、再注目されて若い層を中心にブレイク。その流れに沿って北斗本店の直営店は、2017年以降、赤いサンドイッチマークにロゴを一新、街角で赤いサンドイッチマークをみたら北斗洪瑞珍の店である。2020年以降は見た目だけでなく味も品質も、セントラルキッチンで毎日作り立てを全土の直営店に配送することで統一。加えて洒脱な造りの新型店舗の「新概念店」も続々登場している。日本の高田馬場店もそのひとつ。ちなみに「花生酥糖」は、台北の新概念店でも購入可能だ。日本販売もはげしく期待したい。
最近の日本のサンドイッチは、高級素材にこだわるゴージャス志向に偏りがち。それはそれで美味いから否定などはしない。一方で、昔ながらの素朴な素材での美味サンド作りにこだわり続けているのが『洪瑞珍』。この姿勢、無駄を省く「断捨離」に価値を置くようになった今の時代とリンクしていないだろうか。2000年以降、新鮮な味として注目され始めたというのも、それなりに意味があるように思われる。
なお『洪瑞珍餅本店』のある北斗は「北斗奠安宮」という歴史ある立派な宮を中心に広がっている。

300年余の歴史を持つ、石彫りの柱からして立派な北斗奠安宮。むろん参拝自由。
300年余の歴史を持つ、石彫りの柱からして立派な北斗奠安宮。むろん参拝自由。
2階奥に安置された樹齢千年のベニヒノキの神木による観音像も、一見の価値あり。
2階奥に安置された樹齢千年のベニヒノキの神木による観音像も、一見の価値あり。

店から徒歩数分の位置にあるから、サンドイッチ詣での際にはこちらにも参詣せよである。

住所:彰化縣北斗鎮中華路198號/営業時間:9:00~21:00/定休日:無

取材・文・撮影=奥谷道草