モダニズム建築の巨匠、ル・コルビュジエが設計

2022年リニューアルオープンした『国立西洋美術館』。開館当時の正門だった西側入り口も復活した。©国立西洋美術館 ※転載不可
2022年リニューアルオープンした『国立西洋美術館』。開館当時の正門だった西側入り口も復活した。©国立西洋美術館 ※転載不可

上野駅公園口の改札を抜けて、上野動物園方面へ少し歩くと右側に『国立西洋美術館』が見えてくる。2022年4月、約1年半の休館期間を経てリニューアルオープンした。特筆すべきは前庭で、1959年の本館開館時の姿に可能な限り戻された。ロダンの彫刻《考える人(拡大作)》《カレーの市民》《地獄の門》を鑑賞しながら進むと、四角い建物を円柱で持ち上げたような本館が待っている。

本館を設計したのは、フランスの建築家ル・コルビュジエ(本名シャルル=エドゥアール・ジャンヌレ=グリ)。彼が7カ国に残した17資産は2016年に「ル・コルビュジエの建築作品—近代建築運動への顕著な貢献—」として世界文化遺産に登録された。その中の1つが、『国立西洋美術館』である。

『国立西洋美術館』は、第2次世界大戦後にフランス政府の管理下にあった「松方コレクション」が寄贈返還される際、新しい美術館の設立を条件の1つに挙げられたことから設立された。松方コレクションは当時株式会社川崎造船所の初代社長であった松方幸次郎氏が、大正5年(1916)から約10年の間にヨーロッパで収集したもの。現在は370点におよぶ松方コレクションを中心に、絵画、彫刻、素描や版画などおよそ6000点以上を所蔵し、年間を通して常設展で公開している。

陽光が差す店内で余韻に浸ったり、期待を膨らませたり

中庭側が全面ガラス張りで明るい店内。店名は常設展に展示されているクロード・モネの《睡蓮》に由来する。
中庭側が全面ガラス張りで明るい店内。店名は常設展に展示されているクロード・モネの《睡蓮》に由来する。

今回紹介する『CAFÉすいれん』は、本館1階にあるカフェレストラン。店内に入ると、中庭側は全面ガラス張りで、ケヤキやイチョウなどの落葉樹を眺められる。新緑から紅葉、寒樹へ。季節ごとに彩りが変わるため、何度でも訪問したくなる。

「世界文化遺産の美術館内にありますから、館内の企画展・常設展を巡られた後に、喫茶や食事を味わいつつ、余韻を楽しんだり、お友達と感想を語り合ったりされるお客様が多いですね。ただ、週末はすぐに満席になり、待ち時間が生じるので、常連の方は先に食事をとられてから展示室へ行かれます」とは店長の林 貴裕さん。

つまり、この店が美術鑑賞を終えた来店者にはエピローグ、鑑賞前の来店者にはプロローグとなる。いかに素晴らしい作品を見ても、最後に食べた料理や接客が悪ければ、気分は落ち込んでしまう。鑑賞前もまた然り。テンションが下がったままで作品を見ても、好印象にはなりにくい。

「責任重大ですよ。最低でも現状維持、できれば来店前よりも気分良くなっていただきたいです。そのため、接客ではお客様との距離感を大切にしています。器も窯元や産地は決めていませんが、プラスチックではなく焼き物を使用しています」林さんはそう語り微笑む。笑顔の中に強烈なプロ意識が垣間見えた。

料理は器が占める役割も大きい。企画展ごとに料理内容が変わり、器も変えるので、品揃えは豊富だそう。
料理は器が占める役割も大きい。企画展ごとに料理内容が変わり、器も変えるので、品揃えは豊富だそう。

遊び心が詰まったル・コルビュジエ プレート

人気のル・コルビュジエ プレート1900円はコーヒー、紅茶などのドリンクを1品選ぶことができる。
人気のル・コルビュジエ プレート1900円はコーヒー、紅茶などのドリンクを1品選ぶことができる。

人気メニューの1つがル・コルビュジエ プレート。訪問時は特製の白い皿に前菜〈にんじんとレーズンのラペ(細切り)、紫キャベツのレモンマリネ、フリッタータ(玉子料理)、スモークサーモン〉、季節のスープ〈ミネストローネ〉、生ハムとモッツァレラチーズのオープンサンド、フィジリのミートソースパスタ、という組み合わせだった。フィジリはねじれたパスタの1種だ。

それぞれの味付けはもちろんだが、料理に込めた遊び心がまた良かった。白い皿は美術館の本館を、フィジリはらせん型の回遊空間になった本館展示室を表している。

オープンサンドはル・コルビュジエが提唱した「近代建築の5つの要点」の1つであるピロティを表現している。ピロティは柱で建物を持ち上げてできた空間のこと。料理をよくみるとイカスミ入りの黒いバゲットが、具材によって浮き上がっていた。

ティラミスの抹茶バージョン。単品800円、ティータイムセット1100円。パスタコース2800円のデザートにもなる。
ティラミスの抹茶バージョン。単品800円、ティータイムセット1100円。パスタコース2800円のデザートにもなる。

デザートは苺のショートケーキ、モンブラン、チーズケーキなどの定番もあるが、ここではぜひティラミスを味わいたい。一般的にはマスカルポーネに卵白を泡立てたメレンゲを加えてふんわりとさせるが、この店では卵黄を使うことで、ずっしりと食べ応えのある一品に仕上げてある。プレーン(ココアパウダー)に加えて、季節により抹茶、マンゴーソース、イチゴソースなどの限定品も登場する。

料理長の想像力と探究心が生み出す企画展特別コース

「パリ ポンピドゥーセンター キュビスム展―美の革命 ピカソ、ブラックからドローネー、シャガールへ」の企画展特別コース3800円で提供されるデザートのモンブランミルフィーユ仕立て。
「パリ ポンピドゥーセンター キュビスム展―美の革命 ピカソ、ブラックからドローネー、シャガールへ」の企画展特別コース3800円で提供されるデザートのモンブランミルフィーユ仕立て。

美術館内のカフェレストランらしさが最も発揮されるのは、企画展ごとに開発される特別コースだろう。料理長・西 修平さんにメニュー開発の様子を教えてもらった。

「大切なことは企画展のタイトルや概要から、いかにイメージを広げられるかです。たとえば、『パリ ポンピドゥーセンター キュビスム展―美の革命 ピカソ、ブラックからドローネー、シャガールへ』(2024年1月28日まで開催)では、ポンピドゥーセンター(『国立近代美術館』を含む文化施設)がパリにあることから、メインのシチューには、リンゴ風味のスパークリングワイン“カフェ・ド・パリ”を使いました。キュビスムは複数の視点から見たイメージを一枚の絵に集約して表現することが特徴で、その点はデザートで挑戦してみました」

そのデザートはモンブランのミルフィーユ仕立て。下から紫芋、栗、チーズと抹茶のクリームがパイ生地を挟んで、3層に積み上げてある。上から1種類ずつ味わっても、一気に崩して食べてもいいそうだが、手を付けるのが惜しくなるほどの美しさだ。

「企画展の特別コースは、正真正銘の限定品です。もしキュビスム展が再度開催されても同じ内容にはなりません。美術に詳しいのか? まだまだ勉強不足ですよ(笑)。企画展ごとに美術史から国・都市の歴史、芸術家の人生などを調べたり、実際に作品を鑑賞したりして、アイデアを形にします。大変ですがやり甲斐は大きいです」と続ける。

店は美術館内にあるが、観覧券なしでも利用できる。特別コースに魅かれて来館し、その感動から企画展へ誘われる。そんな逆転現象が起きる日も遠くないと感じた。

盛り付け作業中の料理長・西 修平さん。料理の腕前はもちろん、探究心の強さにも感心する。
盛り付け作業中の料理長・西 修平さん。料理の腕前はもちろん、探究心の強さにも感心する。
住所:東京都台東区上野公園7-7 国立西洋美術館内/営業時間:10:00〜17:15LO(金・土曜は〜19:30LO)
※食事は11:00〜16:45LO(金・土曜は〜19:10LO)
/定休日:月(祝の場合は翌平日)、12月28日〜翌1月1日、その他美術館の休館日に準ずる/アクセス:JR上野駅から徒歩1分、京成上野駅または地下鉄銀座線・日比谷線上野駅から徒歩8分

取材・文・撮影=内田 晃 構成=アド・グリーン