神保町はサイコメグラーの聖地のひとつ

在りし日の最古餃子店『スヰートポーヅ』
在りし日の最古餃子店『スヰートポーヅ』

古書店と喫茶店が並ぶ神保町。

この街には、前回ご紹介した「最古のウインナーコーヒー」を出す喫茶店『ラドリオ』や、「元祖カツカレー」を看板に掲げる『キッチン南海』など、サイコメグラーにとっては、足しげく通う最古のメッカなのです。

最古の冷やし中華がいただけるのは、そんな神保町のど真ん中。神保町駅のA7出口から徒歩1分の場所です。

2020年に惜しまれながら閉店した、日本最古(神保町には最古がたくさん!)の餃子専門店「スヰートポーヅ」があった場所の目の前にあたります。

町中華というよりガチ中華な佇まい。
町中華というよりガチ中華な佇まい。

大きな間口ではありませんが、縦横に走る赤い柱が目を引く『揚子江菜館(ようすこうさいかん)』が、今回ご紹介するお店です。

最古の冷やし中華の歴史も非常に古いものですが、お店自体の歴史も長く、創業は明治39年(1906年)。間も無く開店から120年を迎える超老舗です。

90年の歴史を誇る冷やし中華の最古

冷やし中華でこの標高。
冷やし中華でこの標高。

こちらでいただける、最古の冷やし中華は「五色涼拌麺(ごしょくりゃんばんめん)」という名前で提供されています。

お披露目されたのは昭和8年(1933年)で、東京都がまだ「東京市」だったような時代。

同店の二代目店主が開発しました。

一般的な冷やし中華よりも麺が高く盛られていて、その斜面に様々な具材が添えられているので、サイズも彩りも食べる前から大満足できそうな雰囲気が漂います。

高く盛られた麺は富士山がモチーフ。

周囲の具材はそれぞれで富士山の四季を表現しているそうで、冷やし中華ながら日本らしい一品です。

きゅうりの緑は初夏の新緑、茶色のたけのこは秋の落ち葉、白い寒天は冬の雪、黒いチャーチューは雪解けで顔を出した土を表しています。

そして、頂上に乗せられた錦糸卵は、山際にたなびく雲。この彩りが「五色」の名の理由です。

甘く優しいタレの味は唯一無二

硬めの麺にタレが絡んで輝きを放つ。
硬めの麺にタレが絡んで輝きを放つ。

そんな五色の具材をかき分けて麺を取り出すと、ストレートで黄色がちのたまご麺。やや硬めに茹でられているので、キレよくいただけます。さらに特徴的なのはタレ。一般的な冷やし中華は強めの酸味がありますが、こちらのタレは酸味抑えめ。むしろ、照り焼きのタレとしても使えそうな甘さとコクが感じられる味わいに仕上がっています。

そこには、五色涼拌麺を開発する際にヒントにした、東京の伝統的な食べ物がありました。

開発者である二代目店主は暑い夏になると、近所にあった『神田まつや』に足しげく通い「もりそば」をよく食べていました。そこから、『揚子江菜館』でも冷たい麺料理を提供しようという発想に至ります。試作すること数百回を経て完成したのが、五色涼拌麺なのです。

個性的なタレに感動しつつ、食べ進めていると富士山の中からお楽しみが登場。

ウズラの卵や肉団子が入っているのです。

五色とはいえ、エビや椎茸や絹さやも添えられていて、実は10種の具材が使われています。

店頭に歴史を物語る看板が。
店頭に歴史を物語る看板が。

1580円と、一般的な冷やし中華の2杯分ほどの値段ですが、これだけの種類の具材と他では味わえないタレのおいしさで納得です。

グルメだったことでも有名な作家の池波正太郎氏も、この五色涼拌麺を愛しておりお昼から日本酒とともに食べていたそう。

これだけ豊富なおいしいものに囲まれた現代。何十年も昔に開発された最古のメニューを食べると、まだ様々なアイデアが足される以前の「普通」な味であることがよくあります。

しかし、この五色涼拌麺は、現代の冷やし中華の中でもキラリと光る個性的なおいしさを楽しませてくるのです。

写真・文=Mr.tsubaking