自分が好きな空間をつくりたい

扉を開けると、細長い空間が広がっている。奥の狭い階段を上れば、2階には屋根裏のような部屋。カフェのようで、茶室のようで、誰かの秘密基地に迷い込んだような気分にもなる……そんな不思議な場所が、不忍通りから少し路地を入ったところに現れたのは2018年のことだ。

築年数推定70〜80年の古民家を改装している。
築年数推定70〜80年の古民家を改装している。

「空間が好きなんです」と話してくれたのは、オーナーの那須野浩美さん。イギリス育ちで、10代のほとんどをイギリスで過ごした。「広い敷地のなかに伝統的な建物とモダンな建物が混在していて、うまい具合に融合しているきれいな学校でした。それによって自然と、古い建物やデザイン性が高いものを好きになっていたんだと思います」。

日本に来てからも古い建物を巡っていたそうで、いつか機会があったら自分が好きな空間を好きなように作れたらいいなと思っていたのだとか。

1階は手前に4席ほど。カウンター内のキッチンではスタッフさんがてきぱきと調理をしている。
1階は手前に4席ほど。カウンター内のキッチンではスタッフさんがてきぱきと調理をしている。

千駄木・根津エリアには時折仕事で来ることがあり、下町だけどアカデミックかつアーティスティックな雰囲気が気に入っていたという那須野さん。この物件に出合い、「ここだったらおもしろいものをつくれそう!」とピンと来て、開業に踏み切った。

「自分がわくわくするするかどうかが全て」「イメージは、パリにある和カフェ」という言葉を聞いて、なるほどと思わず唸ってしまう。この和洋と新旧のバランス感、どことも似ていないけれど見覚えのある感じは、そんな那須野さんのこだわりとイメージから来ているのかもしれない。

手作りのおばんざいがうれしい出汁茶漬け

雨音ごはん1500円。器もひとつひとつ色や形が違ってかわいい。
雨音ごはん1500円。器もひとつひとつ色や形が違ってかわいい。

さて、今日いただくのは出汁茶漬けのセット、雨音ごはんだ。小鉢が4品と、ごはん、出汁、そしてお茶漬けのおともが、丸いお盆に乗って運ばれてくる。

小鉢のおばんざいの内容は、スタッフと相談しながらそのとき仕入れた食材や旬の野菜を使って献立を考えているそうで、ほぼ日替わり。どれも上品でやさしい味ながら工夫も凝らされていて、ごはんが進む。最後は出汁をかけていただけば、あっという間にお腹におさまってしまう。

「女性一人でも入りやすい定食屋さんって意外と少ないなと思って。栄養バランスがよくて野菜もたくさんとれる、罪悪感なく食べられるような体にやさしい定食を出したかったんです」
那須野さんが「自分が食べたいもの」を詰め込んで形にした一品。好きなもの、わくわくするものを集めて反映した空間でいただくからこそ、さらにじっくりと深く味わえる。

店内には、那須野さんお気に入りの作家さんの作品も並ぶ。
店内には、那須野さんお気に入りの作家さんの作品も並ぶ。

また、デザートメニューもあり、ごはん同様店内で作っているもののほか、那須野さんの友人のパティシエが作るオリジナルスイーツも用意されている。和菓子も季節に応じて取り寄せるそうで、食後にお茶と甘味をオーダーするのもよさそうだ。

ゆったり過ごして癒やされる場所に

座敷席とテーブル席がある、屋根裏部屋のような雰囲気の2階。
座敷席とテーブル席がある、屋根裏部屋のような雰囲気の2階。

お客さんはグループ利用のほかひとりでくる方も多く、読書したり勉強したり、過ごし方はさまざま。「各々好きなように、自分の時間を過ごしてもらえたらと思っています。ここで癒やされて帰ってくれたらうれしいです」と那須野さん。「今後はちょっとしたワークショップなどのイベントもやってみたいですね」。

『雨音茶寮』は姉妹店が現在2軒あり、2021年に谷中『糸雨雑貨店』、2022年には湘南に『茶室 雨ト音』をオープン。どちらもやはり場所・空間ありきで、とくに『雨ト音』は住居として検討していた物件だったものの「住むだけではもったいない。店にした方が活きるのでは」と考えて結局カフェにしたのだそう。

しかし、どのお店も店名に「雨」がつくが、『雨音茶寮』の由来は?

「もともと雨の音が好きで。古い建物って、室内にいても屋根を打つ雨の音がよく聞こえるんですよね。ここも、しっかり雨が降ると音が聞こえて風情があるんです」

じっくり考えごとをするにもよさそう。
じっくり考えごとをするにもよさそう。

千駄木に訪れたら、ぜひともここでおいしいごはんと一緒にゆったりと流れる時間を味わってみよう。そして、もしそれが雨の日なら、そっと耳をすませてみたい。

『雨音茶寮』店舗詳細

取材・文・撮影=中村こより