「不忍池の向ふ端に料理待合の軒燈がズラリと一列にならんで、それが池の水にうつる風景は、東京の花街でもちよつと他には類のないなまめかしさを見せてゐる。」
※『全国花街めぐり』松川二郎著 東京誠文堂(1929)より引用
1920年代、上野のお山から池を見下ろす風景を描写した一節だ。湯島天神や不忍池の南側には江戸時代の岡場所に端を発する花街があり、東大生も現(うつつ)を抜かす艶(つや)やかな夜の遊び場だった。
その名残であるラブホテル街は今、再開発の波に呑(の)まれて次々と姿を消しつつある。ラブホそのものだけではない。回転ベッドや全面鏡張りのようなコテコテ装飾が隆盛を極めた1970年代以降、シティホテル然としたシンプルなデザインが増え始め、その流れが今も続いているという。ゴージャスな装飾や演出はもはや昭和遺産、かつての「なまめかしさ」は残っていないのか……と肩を落としていた矢先、今回取材した部屋が見つかったときの気持ちをトキメキと呼ばずしてなんと言おう。
扉を開けると、非日常的な雰囲気もさることながら、細やかな工夫や気配りに気がつく。部屋ごとにテーマを設けてデザインされたインテリアや、試行錯誤の末に作り上げた唯一無二の内装。ラブホらしからぬ美しさの一方で、ラブホだからこそできる挑戦も多いのだ。
今、池の水面にうつるのは『HOTEL PASHA GRAN』の窓から漏れる明かり。魅惑の場所だった花街のDNAは、まだ受け継がれているのかもしれない。
今も進化中、遊び心と気遣いが光る部屋『HOTEL UNITED』[湯島]
部屋の隅々まで目を光らせ、スリッパが1cmでもズレていれば即座に直すマネージャー矢島さん。建築畑にいたが2017年頃からホテル運営に携わり、デザイナーに委託せず設計事務所と協力して作り上げたデザインだ。各部屋のコンセプトに合わせたBGMが入室時から流れ、さながらテーマパークの一角!「この壁紙は今度変えようと思っています。ベッドも高くしたい」と改装のアイデアも止まらない。
・地下鉄千代田線湯島駅から徒歩1分。休憩4200円~、宿泊7900円~
・☎︎03-3839-0608 台東区池之端1-1-4
立地を生かした大胆な借景『HOTEL PASHA GRAN』[上野広小路]
大きな窓、その外に広がる景色に歓声が上がるようなラブホが過去にあっただろうか? まさしく「池之端」にそびえるこのホテルは、全45室のうち8部屋がパークビュー。2022年10月にオープンする前はビジネスホテルだった躯体(くたい)で、らしからぬ大きな窓も当時のままだ。全国数多のラブホテルを手掛けるKOGA設計が「持っているものすべてを注ぎ込んだデザインです」とマネージャー・金海さんは胸を張る。
・地下鉄千代田線湯島駅から徒歩4分。休憩6200円~、宿泊1万800円~
・☎︎03-6803-0266 台東区上野2-12-14
取材・文=中村こより 撮影=小野広幸
『散歩の達人』2023年7月号より