よみせ通りに、その店はある

谷中ぎんざを西に下って行くと、よみせ通りにぶつかる。そのT字路のすぐそばに見える、緑色の暖簾が目印だ。

ここは、創業約80年の魚屋『冨じ家』直営のお店。「10年ほど前から観光客が増えてきて、夏場は『魚を買って帰りたいけれどできない』という声を聞くようになりました。それで、食べて行ってもらえる場をつくりたいなと思ったんです」と話すのは、店主・畔田一遂(あぜたかずと)さんだ。2003年ころ魚屋を継ぎ、寿司屋など飲食店での経験も活かして2014年にこの料理屋を開いた。

店内はゆったりとして落ち着く雰囲気。
店内はゆったりとして落ち着く雰囲気。

「昔からずっと、アジフライのアジは大きめで身の厚いものを問屋さんに頼んで、当日仕入れた刺し身用のものを使っています」と、魚屋さんらしくて頼もしいこだわり。

フライが加わったほかは、メニューはオープン当初からほとんど変わっていないという。今日は、一番人気の看板メニュー、ぎんだら御膳をいただくことにした。

炭火で銀鱈を焼く畔田さん。いい香りがし始めた……!
炭火で銀鱈を焼く畔田さん。いい香りがし始めた……!

銀鱈の西京漬けこそ、『冨じ家』の味

自家製谷中西京漬け ぎんだら御膳1690円。ご飯おかわり可。
自家製谷中西京漬け ぎんだら御膳1690円。ご飯おかわり可。

「自家製谷中西京漬け」とメニュー名に冠する西京漬けの銀鱈がこの御膳の主役。畔田さんの父・貞雄さんが作った味を守り続けている。

箸を入れるとなんの抵抗もなく崩れる身は、しっかりと脂が乗っていてふんわりとやわらかい。焼き魚に「ふわとろ」なんてオノマトペは変てこりんな気がするが、まさにそんな具合だ。

「味噌は日本海味噌の米こうじ味噌と西京味噌をブレンドして使っています。そうすることで少し甘さ控えめにして、ご飯に合うように。あと、谷中しょうがの汁も加えています。しょうがはこの地域の名産だったので、何かできないかと父が考案したんです」

見てください、このおいしそうな照りっぷり!
見てください、このおいしそうな照りっぷり!

なるほどたしかに、鱈の身はほどよい甘みに塩気も効いていて、全くくどくない。一般的な西京漬けの「甘いのがちょっとニガテ」な方でも試す価値ありだ。

あおさがたっぷり入ったお味噌汁や、切り干し大根やくるみ小女子、白菜の浅漬けなどの小鉢も主役を引き立て、ご飯が進む。

目を白黒させながら平らげ、大満足で「おいしかったです!」と言う筆者に、畔田さんは「お口に合ってよかったです」と至って謙虚。魚より肉派もとにかく食え!と書いた自分が恥ずかしくなるほどだが、この姿勢こそが毎日おいしい定食を生み出せる秘訣なのかもしれない。

魚屋が料理屋の隣に移転

この西京漬けを売っている場所があるとなれば、買わない手はない。しかも、それが店のすぐ脇となればなおさら! もともと魚屋は少し離れた谷中ぎんざ通りで営業していたが、2023年5月末に移転。今は料理屋の隣が魚屋になっている。

ランチ時には列ができていることも多い。
ランチ時には列ができていることも多い。

「以前から、定食で出た西京漬けが欲しいとおっしゃって買って帰ってくださる方もいました。魚屋が隣に移って、それが増えてくれるといいですね」

購入した西京漬けは、水で洗って味噌を取り、軽く拭いてから焼くと味噌が焦げずおすすめだそう。持ち歩き時間が長いときは氷も入れてくれるので安心だ。

畔田さん。
畔田さん。

「今後は、アジフライとアジのたたき、両方を併せて出したいなと思っています。そういう定食ってあまりない気がするので」と畔田さん。魚屋さんがつくるアジのたたき……聞いただけで涎が出そう! 少しずつアップデートもされていく『冨じ家』、魚屋も料理屋も、これからが楽しみだ。

『谷中 冨じ家』店舗詳細

住所:東京都文京区千駄木3-42-16/営業時間:11:00〜13:45/定休日:日・祝/アクセス:地下鉄千代田線千駄木駅から徒歩4分

取材・文・撮影=中村こより