「花屋」から始まった、甘味と軽食のお店

谷中ぎんざ方面から歩いてきた外国人観光客と思しき男性が『花家』の前で足をとめ、ショーウィンドウに並んだサンプルをじいっと眺めている。連れの女性も一緒になって覗き込み、興味津々で何かを話したあと、お店に入ってきた。

サンプルが並ぶ華やかなショーウィンドウは、ついつい見入ってしまう。
サンプルが並ぶ華やかなショーウィンドウは、ついつい見入ってしまう。

「海外の方は、あんみつを召し上がる方が多いですよ」と話すのは、3代目店主・金森伯文さん。

この店の歴史は、その名の通り生花店から始まった。金森さんのおじいさんが「花屋」を営んでおり、「おばあさんが甘味屋さんをやってみたかったそうで」と1945年から甘味処『花家』に。さらに数年してからは軽食も出すようになった。

「当時、開成高校や駒込高校などの学生が多かったので、お腹にたまるものをというリクエストに応えてご飯ものも増えていったようです」

店内に飾られている、1952年ごろの『花家』の写真。
店内に飾られている、1952年ごろの『花家』の写真。

今、ショーウィンドウを彩るのはあんみつやところ天などの甘味はもちろん、タンメンや餃子などの町中華的メニューがひときわ輝きを放つ。『散歩の達人』本誌では、タンメンと餃子のセット、いわゆる「タンギョウ」が美味しい店として紹介したこともある。今日はここでたらふく食べてから谷中散歩に繰り出そうというわけだ。

良心的なボリュームと優しい味に舌鼓

あさりラーメン1000円。
あさりラーメン1000円。

というわけで今日のランチに選んだのは、あさりラーメン。初見ではまず山盛りのあさりに驚かされるが、大きめのタケノコもゴロゴロと入っていてなんとも贅沢な一杯だ。細めの麺にあさりの出汁が効いたスープがよく絡み、くたくたのキャベツやニンジン、ニラといった野菜も多くてかなりの満足感! 食べ終わったあと、小皿によけた貝殻がうず高く積み上がっていて、その多さに改めて驚いてしまう。

「冬季限定の牡蠣ラーメンもおすすめですよ」と金森さん。取材時は初夏のため提供しておらず、また今度のお楽しみ。寒い季節が待ち遠しい。

焼き餃子(3個)380円。
焼き餃子(3個)380円。

また、隣のお客さんが食べていた餃子の香りがあまりに美味しそうで思わず追加注文。一般的な餃子の1.5〜2倍ほどの大きさでジャンボ餃子とも呼ばれるが、「昔はもっと大きかったそうです」と金森さん。たっぷりの野菜に肉汁が絡み、ボリューム感はあれど箸は止まらない、ほっとする味だ。もともと5個で1人前だったが、今日のように麺類と併せて注文する場合や女性向けに3個バージョンを近年メニューに加えたのだとか。こりゃ、減量中なのについつい「3個ならいっか」と頼んじゃうやつですね。

谷中と共に歩んできた街の食堂

しかし、創業80年近い老舗と知りつつ初めて訪れる方は、この綺麗な佇まいに驚くかもしれない。実は2018年に建て替えていて、金森さんはそのタイミングで3代目の店主となった形だ。

白い「花家」の文字と、まるい看板が目印。
白い「花家」の文字と、まるい看板が目印。

「2代目の父の引退を機にリニューアルしたので、席数も少し減らしたんです」と言うが、そのゆったりした配席の店内もまた、ほっとする味を構成する要素のひとつかもしれない。

また、「はじめにビールを注文する方も多いのですが、そのアテが餃子だけだったので、他にもあったほうがいいかと思って」と、金森さんが店主となってから蒸し鶏や冷菜などもメニューに加わった。さらに、焼き餃子や生餃子の店頭販売だけでなく、新たに冷凍販売もスタート。地元の人からも好評だという。

谷中で生まれ育った金森さん。 「子供の頃は谷中霊園で虫取りして遊んでいました」。
谷中で生まれ育った金森さん。 「子供の頃は谷中霊園で虫取りして遊んでいました」。
全20席。写真には写っていないが、店を訪れた著名人のサインもずらりと飾られている。
全20席。写真には写っていないが、店を訪れた著名人のサインもずらりと飾られている。

店内には70〜80年代の洋楽ヒット曲が流れていて、金森さん曰く「いいものって、古くてもやっぱりいいもの」。懐かしいと言ってくれるお客さんや喜んでくれる海外の人も多いそうだ。

お邪魔したのは平日の夕方だったが、店内はにぎやか。見渡せば、遅めのランチを頬張る男性、甘味でお茶しながらおしゃべりに花を咲かせる母娘、席につくなり「ビール!」と注文する女性……。お客さんが思い思いの時間を過ごす様子は、単なる「飲食店」では括りきれない空間のように見える。それはきっと、創業当時の心意気が今もしっかりと受け継がれているからだろう。

『花家』店舗詳細

取材・文・撮影=中村こより