本場・台湾の朝ご飯を地域に根付かせたいというオーナーの想い
今回伺ったのは2019年にオープンした台湾式朝ごはん専門店『東京豆漿生活』。大通りから路地裏に入って店に向かったが、取材日はあいにくの雨で傘をさしていたため店頭が見えにくく、さらに緑に囲まれていて一度は素通りしてしまった。
あ、ここだ! 見つけた時はうれしくて思わず二度見した。この日は朝ご飯を抜き、本気モードで挑んだ筆者だ。すでに鼻息が荒い。
店に入ると、木の丸いテーブルとイスが並べられている。席間が広いから心にもゆとりが生まれる感じがする。だって、毎朝自宅で食べる朝ごはんは、時間に追われてかき込むことが多いから。
店に入ると本来はレジで先に会計を済ませる方式なのだ。まずは店長の内田まちさんにあいさつをして店について話をうかがった。
「オーナーの奥さんが台湾の方というのと、オーナー自身が以前、会社員をしていたときから、いつかは台湾と関わりのある仕事をしたいと思っていたそうで。最初に手掛けたのが神田にある豆花専門店『東京豆花工房』。そのあと、台湾の朝ご飯専門店をここにオープンしました」。
五反田という場所を選んだのには何か理由があったのだろうか。
「観光客の集まる街で出店するよりも住宅が多いところで店を開いて地域に根付かせたいという想いがあったと聞いています」と内田さん。
今では地元住民はもちろんのこと、都外からもこの店の味を求めてやってくる。出張で五反田に滞在し、朝ご飯はホテルでなくココで食べるという人もいるのだとか。出張先で行きたい店があるというだけで仕事が頑張れるものだ。いいなぁ、筆者もお泊まり出張に行きたい。遠征取材も歓迎しているのでぜひご依頼ください。
酸っぱ辛い豆乳スープと具だくさんの餅米おにぎりでパワーチャージ
メニューを見ると、豆乳を使ったものと、焼いたり揚げたりしたパンがメイン。
日本にも豆腐文化があるから豆乳の作り方は同じかと思いきや、「まったく違うんです」と内田さんは言う。「とはいえ、台湾とも違う絞り方です。台湾の豆乳はサラッとしていますが、ウチの店の豆乳は濃厚です」。
豆乳は店内の「豆漿(どうじゃん)製造室」で毎朝絞って使っている。あ、豆漿は豆乳のことなのか。大豆は宮城県産のミヤギシロメを100%使用し、毎日だいたい10kg以上を豆乳にする。内田さんは、「1回2.5kgの大豆を使用して約20リットル豆乳を作ります。土日祝は混み合うのでもう少し豆乳を絞る回数は増えますけど」と語る。
台湾の朝食は豆乳にパンなどを合わせて食べるのが一般的。この店でも現地さながらのラインナップだ。砂糖を入れて甘さを調整するプレーンの豆乳、手作りのシロップを混ぜたほんのり甘い黒糖豆漿、黒&白ゴマのペーストをたっぷり使った甘く香ばしいゴマ豆乳。そしてお酢が入った自家製調味料で豆乳をゆるく固めた豆乳スープがある。豆乳スープは温かいもののみだが、ほかは冷・温が選べる。
「豆乳以外のものでしたら、米漿(ミージャン)というピーナッツライスミルクや平日限定の肉デンブ入りのお粥、手作りの具材がたっぷり詰まった餅米のおにぎりもあります。また、緑豆とハトムギが入ったスープは梅雨から夏にかけて親しまれている現地でおなじみのものですよ」。
説明を聞くほど迷う。きっと筆者が穴が空くほどメニューを見つめていたのだろう、内田さんが「当店が初めての方にはこの酸っぱいスープをおすすめしていますよ」という。
レジ横にある各種のパンも独特。小麦粉とラードを使った生地で作られ、食感はパンとパイを掛け合わせたよう。しっとり、ほろっとして素朴な味わいだ。一番人気は台湾でド定番の葱豚パン。「甘いものでしたらピーナツパンと胡麻パンもいいですね」と、内田さんがメニューを指差した。台式朝ご飯初心者の筆者にもわかりやすいイラストと解説がありがたい。
というわけで、豆乳スープの鹹豆漿(シェントウジャン)550円と台湾式おにぎりの飯糰(ファントァン)の小490円を選んだ。ええい、パンはテイクアウトにしよう!
会計を済ませたときに番号札をもらい、できあがったら自分で取りにいくスタイルだ。ほどなくして我が卓上に見参。いざ、実食だ。
濃厚な豆乳スープは1杯500cc程度。干しエビと干し大根を刻んだものとゴマ油が入り、トッピングには揚げパン。ラー油がかかっていてほんのり辛い。「酸っぱい調味料も手作りで、砂糖や醤油、塩などが入っているんですよ」。カリッと香ばしい揚げパンは、たっぷりスープを吸わせたフンニャリ感もまたよし。ちょっと時間がたつとスープがおぼろ豆腐のように固まってきて2度おいしい。
一方で、ビニール袋に包まれて提供される台湾おにぎりも大ボリューム。小をオーダーしたつもりが、けっこう大きい。
俵型のおにぎりの中には具がたっぷり。カリッカリの揚げパンが香ばしく、自家工房でオーナーが手作りしている肉でんぶのおいしいこと。スパイシーな味玉も入っていて食べ応えがある。高菜とピーナッツって合うの?と不安だったけど、これまた『美女と野獣』のごとくベストカップル。
ものすごくおいしいのだけど、豆乳スープとおにぎりが相まってお腹が膨れてきた。残りはおやつにしようと、ビニールの口を固くしばりテイクアウトした。
台湾人も懐かしがる朝ご飯メニュー
平日は大人がほとんどだが、土日はベビーカーを従えた子連れのファミリーも少なくない。また、内田さんがうれしそうに目を輝かせて「台湾人の旅行者もよく来てくれますね。豆乳スープの鹹豆漿は、台湾の若い人はあまり食べなくなっているようです」と内田さん。
「今の台湾の朝ごはんの定番は、プレーンの豆乳や米漿(ミージャン)に揚げパンとか焼餅(四角い焼きパン)なんです。鹹豆漿は少し昔のメニューで、今でも地元ではポピュラーです。台湾から来た若い人たちからは “あ、豆乳スープがあるんだね!”という反応をされることもあります」。
『東京豆漿生活』で提供されるのは、台湾の人たちを表すようなやさしい味わいの朝ご飯。一度台湾に行って本場の味を確かめてみたくなった。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢